イミテーションラブ
「ねえ、お願いがあるんだけど。」
─彼女になってくれない?卒業まで、ううん、1年だけでいいから。
そう言いながら私に手を差し伸べてきたのは、学園の王子様。
でっかい企業の御曹司で、私と同じクラスのお姫様的存在のご令嬢の婚約者でもあるはずなのだが…。
そんな人が、品行方正な学園に相応しくない、私にこんな事をお願いしてくるなんて…ね。
私は半年前にこの上流階級のご子息、ご令嬢が通う名門校に転入してきた。
私の母親は所謂政治家の愛人っていうものをやっていて、生まれてすぐに、スキャンダルをおそれてか、海外にやられていた。
今回日本に戻されたのは、某雑誌に母親の存在がスクープされたのと同時に、母親が亡くなったから。
どうにか美談に持っていこうとしぶしぶだが、私を引き取ることにしたらしい。
まぁ、養ってくれるなら、どうでも良いと思ってたけど。
ずっと海外で、しかも愛人なんてやってた母親にほとんど放置状態で育てられていたから、日本の、しかも上流階級のマナーとか、何ですかそれ?っていう見えないルールなんかに戸惑っていたら、すっかりと父親からも、学園からも煙たがれる存在になっていた。
学園で私に声をかけてくれるのは、美貌の母親にそっくりな顔と身体に惹かれてくる男どもだけ。
それでも、話す相手がいないよりマシかって思っていたら、あっという間に、男好きという噂が広まった。
まぁ、愛人の娘だからって事もあるけどね。
そんな私に、王子様からのお願い事。
期間限定の彼女役。
他に好きな人がいるらしい姫君を、自分という枷から解放してあげたいらしい。
だから、私と浮気した事にして、婚約解消に持ち込むとか。
別にそんな理由は聞きたくない。
私が知りたいのは…。
何故、浮気相手役に、私を選んだか。
遊んでそうだから?
いかにも王子様を誑かしそうだから?
愛人の娘だから簡単に引き受けると思った?
彼女を解放するためなら、他の女はどうでも良いんだ?
お姫様から王子様を奪ったくせに、たった1年で捨てられたなんて、言われるんだよ?
ますます、居心地悪くなって、私の居場所がなくなることなんて、目に見えてるのにね。
優しさとか、温もりとか、慰めなんて欲しくないけど。
だからって、辛いのに慣れたわけじゃないの。
噂されるたび、自分が惨めになるなんて、幸せな王子様は知らないのでしょうね。
………。
ねぇ、ゲームしましょうか。
これからの1年で貴方を夢中にさせてあげる。
堅物の父親を陥落させた母親譲りのこの顔、この身体を使ってね。
嘘の関係だけだったなんて、面白くないでしょう?
本当にしたら良いじゃない。
貴方に甘えて、優しくして、綺麗な言葉だけ投げかけてあげる。
朝でも昼でも夜でもキスして。
好きな時に身体ごと差し出してあげるから。
─1年後、契約期間終了したら、貴方は私にサヨナラって言えるかしら?
極上のイミテーションの夢から覚めたいかしら?
「…良いですよ。じゃ、今日からよろしく。」
差し伸べられた手に自分の細い指を絡めて、綺麗に、妖艶に見えるように、笑いかけた。
なんだか泣きそうなくらい、ぐちゃぐちゃになった心に蓋をして。