エルフの里にボディービルダーが召喚されました
2017年11月5日。加筆をしました。オチが変わっております。
「あれは誰ですか?」
一人の女性が呟いた。彼女はエルフである。それも高位のハイエルフだ。
名前はブリュンヒルデといい、姫と呼ばれる身分である。草の冠をかぶり、世界樹の葉でこしらえたドレスを身に着けていた。そして胸元は大きく広がっており、首には七色に輝く木の実であしらった首飾りが光っている。
そんな彼女が見たのはひとりの男であった。
男は素っ裸であった。身に着けているのは黒いパンツ一丁である。
しかし彼は黒く焼けた肌に岩を削り取ったような肉体を持っていた。エルフではありえない、圧倒的な肉の鎧だ。
ブリュンヒルデの背後には侍女のエルフがふたり立っていた。おろおろしており、突如現れた異質の存在に恐怖している。
ここはエルフの里であり、森に囲まれている。家は木でできていた。伐採する必要はない、そのまま木が家に成長しているのである。森は侵入者から守るために人食い植物が徘徊している。蔓を利用した罠も張り巡らせており、何の連絡もなく里の中に来れるはずがないのだ。
そんな中に男が現れたのだ。耳はとんがっていない。おそらく人間だろう。
「……ここは? ふむ」
男は目を開き、周りを見回す。目だけは白く、日焼けした肌と比べると際立っている。ブリュンヒルデ以外の普通のエルフたちは突然の闖入者に慌てふためいていた。中には侵入者を撃退するために弓を構える者も出てきた。
「観客がいるなら、俺のやることはただひとつ。ふん!!」
男はにやりと笑い白い歯を見せた。両腕を降ろし、足を少し開いた。エルフたちは知らないだろうが、これはボディービルではリラックスポーズと呼ぶ。
まず彼は自然体の筋肉を見せるために、自らの身体を回転させていた。
正面から、左側を見せる。背中を向けた後右側を見せた。そして再び正面へ戻る。
「なんと美しい肉の彫刻なのでしょうか。里の貧弱な男たちとは比べ物にならないわ」
「いえ、姫様。あれはドワーフたちが作る魔法兵器ゴーレムに違いありません。あんな人間がいるはずありません!!」
ブリュンヒルデは感動した。彼女は均整の取れた美しい肉体を持っている。しかしそれは芸術のようなものだ。彼女の理想はどんな自然災害も立ち向かえる鋼の肉体を求めているのである。
侍女は諫めるが肝心の主は聞く耳持たなかった。
「よし、みんな見惚れているな。では!!」
本当は呆気に取られているだけだが、そんなことは関係ない。
男は両腕を天高く上げると、ぐっと曲げて力こぶを作る。上腕二頭筋を見せるためのポーズだ。
「フロント・ダブルバイセップス!!」
男はボディービルのポーズ名を叫んだ。彼にとってエルフは初めて見る存在である。多分外国人だからポーズの名前を口に出したのである。
そう彼はボディービルダーなのだ。
「まあ、フロント・ダブルバイセップスというのですか!! なんとも力強いポーズでしょうか!!」
「姫様、私たちには全く理解できません。というかはしたないからおやめください!!」
ブリュンヒルデは感涙した。ポーズだけで感動するなど初めてである。ブリュンヒルデも思わず男と同じポーズを取った。自身も力が沸いてくる気がしてくる。
侍女ふたりは懸命に暴走する主を止めようとするが、まるで銅像のようにピクリとも動かないのだ。
「次はフロント・ラップスプレッドだ!!」
今度は握り拳を作り、わき腹に当てる。ラットは背中の筋肉を意味し、スプレッドは広げるという意味だ。
正面を向いているが、背中の筋肉がテントの幕のように張られているのである。
「なんと単純かつ、説得力のあるポーズでしょうか!! 単純だからこそあの方の肉体の素晴らしさが鮮明に理解できるのですわ!!」
「いいえ、あれは悪魔のポーズです。姫様があんな不気味な人間に惑わされるはずがありません!!」
ブリュンヒルデの目から涙が滝のようにこぼれる。男は戦ってはいない。しかしその肉体がいかに美しいかはブリュンヒルデにはよくわかる。
侍女は主が悪魔に魅入られたのではないかと気が気でなかった。
「次はサイド・チェストだ!! そしてバック・ダブルバイセップスからバック・ラットスプラッドに移る!! サイド・トライセップスにアブドミラルアンドサイ、しめはモスト・マスキュラーだ!!」
次々とボディービルのポーズを見せつける。これらはボディービルにおける規定ポーズだ。フリーなら制限時間内で自由にポーズをつけていいことになっている。
お笑い芸人のオードリー春日氏はカスカスダンスを交えながらポーズを取っていた。
「まぁ、まぁ、まぁ!! わたくし感動いたしました!! この世にこのような美しい方がいるとは思いもよりませんでしたわ!! ぜひわたくしと結婚してくださいませ!!」
「何を言っているのですか!! あのような不気味な化け物と結婚はずがないでしょう!! 姫様は奴の幻術に惑わされているのです!! 早く、姫様をあいつから引き離さないと!!」
「誰か来てください!! 姫様があのゴーレムと契りを結ぶなど許されるわけがありません!!」
ブリュンヒルデは興奮しきっていた。彼女はまだ99歳の若いハイエルフだ。父親は里長であり、偉大な魔法使いだ。将来の里長となる身分である。
そんな彼女が魔力の少ない人間を婿に迎えるなどありえない話だ。必ず親類縁者はおろか、現に侍女ふたりは身体を張って反対している。
それでも彼女の胸には彼と共に過ごす未来が視えていた。あの素晴らしい肉体の持ち主は世界を救うであろうと確信しているのである。
「ところでここはどこだろうか?」
男は初めて最初に抱くべき疑問を口にした。
☆
「ガハハハハ!! エルフの里を蹂躙しろ!!」
毛むくじゃらのドワーフ、スプリガンたちはゴーレムを操りエルフの里を襲撃した。
彼らは美しいエルフたちをなぶり殺しにして楽しみたいのである。
それ故にドワーフの国でも蛇蝎の如く嫌われるのは当然であった。
ゴーレムたちは数十体。まるで岩山に足が生えて歩いているようである。
スプリガンたちはこれから起きる惨劇を想像しては涎を垂らし、下品な笑い声をあげていた。
そしてエルフの里長の娘であるブリュンヒルデに対して、口に出すことすらはばかる行為をするつもりでいるのだ。
するとゴーレムたちが立ち止まる。前方にはパンツ一丁の男たちが並んでいたのだ。
それはエルフであった。耳がとんがり金髪のエルフである。
全員小山のように肉が膨らんでいた。肌も黒く焼けている。
スプリガンたちは一瞬ダークエルフかと疑った。だが彼らは真っ白いエルフを嫌っている。
あと真ん中には人間の男が立っていた。他のエルフに比べるとかなり肉が発達している。
肌の色と岩のような体躯なのでゴーレムたちが立っていると思った。
「ほう、ブリュンヒルデの言う通りだな。観客たちが大勢詰めかけてくれるとは」
男は白い目に白い歯をむき出しにして笑った。普通なら津波の如く押し寄せるゴーレムに怯えるはずだ。
それなのに彼らは恐れない。なぜか不思議なポーズを取っている。
「いいか!! ボディービルに大切なのは筋肉量!! 皮下脂肪の無い輪郭が見える筋肉!! 全身の均衡ある筋肉!! そしてウェイトトレーニングをしたことで血液が筋に送られて充血する筋肉だ!!
日頃のトレーニングの成果を見せつけてやれ!!」
「ウィィィィィィィィィィィッス!!」
男の号令に日焼けしたエルフたちは答えた。まるで山鳴りのようである。
「まずはフロント・ダブルバイセップスだ!! 次にフロント・ラットスプレッドに移るぞ!!」
男は筋肉を見せつける。腕や足は丸太のように太く、血管が浮き出ている。
規定ポーズを取っていった。男が手本を見せたらエルフたちが釣られるという感じだ。
「まぁ、今日のあの人はキレテルわ!!」
妻のブリュンヒルデは遠くから声援を送る。彼女も日焼けしてボディービルに没頭したのだ。胸と腰に世界樹の葉で作った衣装を身に着けている。
ちなみにキレテルとは筋肉の形がはっきりとわかり、筋繊維のスジが見えていることである。
「それにデカイし、バリバリですわ!! わたくしでもまだ脂肪が厚いのに羨ましいですわ!!」
彼女は悔しがった。デカイは筋肉が大きいことで、バリバリは脂肪がなく皮一枚にまで鍛えていることだ。
「ああ、姫様……。嘆かわしや」
「すべてはあの悪魔のせいです。姫様が筋肉魔人に洗脳されたのです」
背後の日焼けした侍女たちは嘆いていた。手にしたハンケチで涙を拭いている。
「何をおっしゃるのですか? わたくしはあの方と契りを結んだのですよ。誰にも文句は言わせません」
実際のところブリュンヒルデは違法なやり方で男を物にしたのである。
彼女は男の手を取り逃亡した。そしてボディービルダーの心得を教わったのだ。
その結果半年後、彼女の肉体は黄金の輝きを増したのは言うまでもない。
姫だけに苦痛は与えられんと里の若者たちも筋肉を鍛え始めたのだ。それが全員嵌ってしまったのである。
「なっ、なんだあれは……。なんなんだよ!!」
恐れおののくのはスプリガンたちであった。彼らは異質な存在に恐怖していた。
だが物言わぬゴーレムたちをけしかければいい。気を取り直して命令する。
しかしゴーレムたちは動かない。彼らはじっと男のポーズを見ていた。
フロント・ダブルバイセップスからフロント・ラットスプレッドに移り、サイド・チェストにバック・ダブルバイセップス。
次にバック・ラットスプラッドとサイド・トライセップスからアブドミラルアンドサイ。
最後にモスト・マスキュラーで締めた。
ゴーレムたちはなぜか男たちのポーズを真似した。彼らは男たちを仲間と認識したのである。
何しろ身体は岩のように黒く、ごつごつしているからだ。
ゴーレムたちはスプリガンの命令を無視して、男たちと共にポーズを取っているのだ。
「ひっ、ひぃぃ!! こいつらは化け物だ!!」
「もうエルフは死んだ!! あいつらはゴーレムに生まれ変わったんだ!!」
「逃げろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
スプリガンたちは逃げ出した。後に残るのはゴーレムだけであった。
「なんだ、せっかくのショーなのに帰ってしまったぞ? それも仲間を残すなんて薄情だな」
男はポーズを取り終えて、一息ついていた。
そこにブリュンヒルデが駆け寄る。
「あなた!! スプリガンたちは逃げ去りました。わたくしたちの勝利です!!」
「勝利だって? 俺はいつも通りに筋肉を見せただけだよ。それよりもブリュンヒルデ。君は食事制限をしているな。体が弱っているのがわかるぞ」
「よくわかりましたわね。その通りですわ。今は食事制限をして筋肉を絞っているのです。余計な糖分を一切口にしたくないですわ」
ブリュンヒルデが言うと、男は顔をしかめた。
「絶食は一番悪いことだ。下手すれば餓死してしまうぞ。ボディービルとは健康を犠牲にしていいわけではないのだ。肉を鍛える楽しさは麻薬のようなものだな。だからこそぎりぎりのところまで理性を抑えるのも大事なのだ」
夫の言葉に彼女は感動した。ボディービルダーのマッスル北村氏は筋肉を作るためむちゃなダイエットをした挙句、餓死で亡くなっているのである。
男は妻の頭に手を当てなでなでしてあげた。ブリュンヒルデはうっとりとした目で夫を見つめている。
「ああ、やっぱりわたくしの目に狂いはありませんでしたわ!! こうして偉大なるお方を婿に迎えられたのですから!! これでもうこの里は敵の手に落ちることはありませんわ!!」
「いえ、あの男が不気味だから逃げ帰ったのでしょう。エルフがゴーレムみたいな肉体になるなどありえませんから」
「……もう無理です。姫様に私たちの声は聞こえません。聴こえるとしたら筋肉がぷちぷちと弾ける音でしょう……」
そう言うふたりも毎日筋肉トレーニングをしており、肉を作る楽しさに目覚めていたのだ。
男はブリュンヒルデの夫として里で取れる豆を利用して豆腐と納豆を作り上げた。
そのおかげで筋肉を作る高タンパク低カロリーの食事を作ることができたのである。
それと男をこの世界へ召喚したのは、ブリュンヒルデの父親であった。彼は細長いエルフを強くするために異世界召喚を行ったのである。
もっともボディービルダーが召喚されるのは予想外であったのは言うまでもない。
さらに男は美しいハイエルフを筋肉マニアに変えた罪で指名手配されるのだが、世界を救う前の些事であった。
とびらのさまのツイートを参考にしてみました。
エルフの里にボディービルダーが召喚されたらどうなるか。
ボディービルの知識は最小限にしてまとめました。