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エッセイ

キャンサー・イズ・デッド

作者: 久賀 広一

今日は残虐なことをしてしまった。

いったいいくつの命を奪うことになったのか・・・


それは、たまに運動不足解消のために登る、低山での途中のことだった。

「おっ、カニだ」

夏の間じゅう見ることのなかった、サワガニが登山道をよちよちと歩いて渡ろうとしている。


久しぶりに見たので、嬉しい気持ちもあったが、気がかりなことがそこには重なっていた。

その小さな生物にとっては大冒険のはずだが、いま渡ろうとしている道路を横断したとしても、先には何もないのだ。

ただ鬱蒼うっそうとしげる木々だけがあり、反対側に一つだけあるカニの唯一の生命線、側溝からは、遠ざかるばかりだったのである。

「おお・・・せっかく立派な体格にまで育ったのに、アスファルトの途中で引き返せなくなったミミズみたいに死にたくはないだろう」

それは当然、よくある人間の押しつけの善意だったのかもしれない。


私はカニをつまんで、可哀想だがまた小さな側溝で生きていけるよう、もといた振り出しの場所に置いてやろうとした。

だが。

「あっ。なんだコイツ。えらくつかみづらい。歩くのは普通のより遅いくせに、なんか甲羅と脚のすき間が・・・」

昔ならひょいとつかんで家に持って帰ったような気がするが、歳を取るとこんなものだろうか。


そんなことを思いながら再度挑戦すると、今度は一匹の赤ちゃんガニが目に入った。

あら、まだこんな透明な、小指の先より小さいヤツまで冒険しようとしてるの?

さすがに不思議に思ったが、とりあえずでかい方のカニを元に戻すのが先だった。

「あんまり逃げるなよ。脚がちぎれちまうぞ」

そう思いながら上から押すように手をかけると、再びそれに気づいた。

「!」

こんなにいたのかというぐらいの赤ちゃんガニが、わちゃわちゃとそこらに散乱している。

みな逃げるのに必死で、当たり前だが命をかけた動きは混乱の極みにあった。

そして愚かながら、私はやっとその原因に思い至ることができたのだった・・・


「オマエか! オマエがはらんでたのか!!」

それは親ガニが逃げる途中で撒き散らしていた子供の命だったのである。

何ということだろう。

私は一匹の甲殻類を救うつもりで、上からは見えなかった数十もの生命を蹂躙していたのである。

・・・いや、まあみんな死んではないけど、親はたぶん回収しないだろうし、まだ色もついてないような赤ちゃんが、広い路上で生きのびられると思えない・・・


「はあ。すまなかった」

落ちたのは一部で、まだ数倍の子供たちが親の腹にしがみついていたが、私はそのカニをつかむのを諦めて立ち上がった。


ーー 謝罪の念とともに通り過ぎ、一度ふり変えると、ぴたりと動きを止めた甲殻類がいる。

理不尽な人間の嵐が過ぎ去ってホッとしているのか、わが子の散乱で途方に暮れているのかは、よく分からなかった。

とりあえず私は、今度彼らを見かけた時は、たとえその先に煮えたぎるマグマまりがあったとしても、その自主性を尊重しなければと誓ったのだった・・・。










…いや、お恥ずかしい話、のちにカニの行く先に、雨が降った時だけ流れる沢があったことに気づいたんですね。


自然で生きるサワガニは、やっぱり分かって道路を横断してたのでありました…


自己の勝手な結論でその進行を曲げようとした私…

愚かでありました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 赤ちゃんカニは可愛いですね。 現実でこのようなことを体験すると、少しゾワッとしそうです。
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