U&I
これは二人の高校生の話。
内容があらすじに書くことがないレベルで短いのでぜひ一読を。
表テーマは「キュムキュムするような純愛」裏テーマは「裏の裏は表」です。
初めて読むときは意味が解らないかもしれません。
僕の最近の楽しみは、幼馴染の愛と遊ぶことだ。今日も二人で家の近くの公園に来ている。公園と言っても大層なものではなく、粗末なブランコと錆びついた滑り台が一つだけ置かれた小さな公園だ。
僕は二つあるブランコの片方に腰かけ、ゆっくりと揺られながら横で楽しそうに話す愛の姿をぼうっと眺めていた。
暫く時間が経ち、気が付くと時刻は既に六時を回っていた。空は燃えるような赤に染まり、遠くの方で烏が鳴いている。
「もう日が暮れちゃうよ、帰ろう」
楽しそうに話す愛に申し訳ないと思いつつ、帰宅を促した。てっきりすぐに陽気な挨拶が返ってくると思っていたが、愛は意外にも俯いて口をつぐんでしまった。楽し気な雰囲気は霧散し、どこかそわそわした静寂がいつしか僕たち二人の間に流れていた。
やはり気に障ったのだろうか、そう不安に思った僕が口を開こうとした時、愛は洋服の裾を弄りながらぽつりと呟いた。
「悠ってさ……その、好きな人とか……いたりするのかな?」
それは今にも消えてしまいそうな声だった。ふと愛の顔を見ると、頬がほんのりと夕焼け色に染まっている。
「好きな人か、うーん」
そんなこと、考えたこともなかった。
僕は今までそういった色恋沙汰とは無縁の生活を送ってきた。友達が少ないわけではないが、こうして放課後や休みの日に遊ぶのは大体愛と二人きりだった。
「その、愛はどうなの?」
特に何か目的あっての質問では決してなかった。単純に疑問に思っただけだった。
「ふぇっ!?」
隣から素っ頓狂な声が聞こえた。
「な、なにその反応。なんでそんなに驚くの?」
愛の瞳を見つめるが、愛は目を逸らし、僕と目が合うのを頑なに拒んだ。
「わたしは……その、えっと、悠ちゃんのことが、す、好き……だよ」
どうやら愛は僕のことが好きらしい。その気持ちを知っても、僕の心は思いのほか平静を保っていた。それでも、たとえ冷静であったとしても、何て返事をすればいいのかはわからなかった。
「やめてよそれ女みたいじゃん」
だからとりあえず全然関係のない愛の癖を注意してみる。
「えっ、ご、ごめん……でも昔からだし」
弱々しい声で謝罪し、子犬のように縮こまってしまった愛。愛は昔からこんな感じだった。とても気が弱くて、泣き虫で、でもそれは愛が優しいからで。
だから僕が守ってあげないと、ってずっと思ってきた。
でもこれって恋……じゃないよね。
「愛はさ、僕のどこが好きなの?」
「えっとね、悠ちゃんはいつも優しくて、運動神経もよくて、勉強もできてずっとわたしの憧れだった、それから」
饒舌になる愛。それは昔からため込んだ感情が溢れ出てきているようだった。
「顔は可愛いし、髪の毛はサラサラだし、スタイルいいし」
「そ、そんなに直接言われると恥ずかしいな。でも可愛くはないと思うんだけど」
僕は照れを隠すためにそっぽを向き、頭を掻いた。
「そんなことない!」
後半は余計だと反論しようとした矢先、愛は声を張り上げた。
「悠ちゃんは可愛いってみんな言ってるよ。この前だってサッカー部のキャプテンにデートに誘われてたじゃん」
言われて、僕は過去を振り返る。確かにそんなこともあった、その程度の認識だ。
「そんなこともあったっけ」
二人きりで出かけることがなぜ恋愛に発展するのか僕にはよくわからない。その時はたまたま愛と遊ぶ約束をしていたから断ったが。
「もう、ほんとに疎いんだから。でもそこが良かったのかもね、だって悠ちゃんこんな完璧なのに天狗になってないんだもん」
「そうかな、僕って結構お調子者だと思うんだけど」
「そういうことじゃないよ」
僕の答えに思わず苦笑する愛。
じゃあ、どういうことなのか。僕は思ったが、腹から湧き上がる疑問をぐっと飲み込んだ。その代わり、違う質問を投げかけてみる。
「ねえ愛、恋人ってさ、何するのかな」
「うーん、よくわからないけど、一緒にご飯を食べに行ったり映画館で映画を見たり遊園地で観覧車に乗ったりするんじゃないかな」
わたしも漫画で読んだことしかないけどね、と付け加え少し照れたように笑う愛。
「とりあえず何をするかじゃなくてその人が何を思うかが大事だと思うよ。一緒にいて楽しいな、離れたくないなって思う人と思い出を作るってすごくいいことだと思わない?」
最後まで言ってから自分の言葉の内容に気が付いたのか、愛は頬を赤らめた。
「でも恋人っていずれ愛を育んで結婚して子供を産んだりするんでしょ? そんなに簡単に考えていいのかな、人生のパートナーをさ」
「あ、愛を育むとか女の子が堂々と言っちゃダメだよ!」
僕の台詞に、愛はさらに赤くなった。そしていったん深く溜息をつき話し始めた。
「そんな先のことまで今の時点で考える必要はないんじゃないかな」
愛はこう言っているけど、僕は愛と付き合った将来を想像してみる。
朝。愛はいつも起きるのが苦手だから僕が起こしに行く。そして、朝食を作るのは僕かな。愛は不器用だから料理は向いてないだろうし。それでご飯を食べ終わったら二人で一緒に支度をして家を出る。二人で同じ会社に勤めてみるのもいいかもしれない。あ、家を出る前にキスとかするのかな。ってこれは物語の読み過ぎか。あはは。
なんだ、僕とても幸せそうじゃないか。
「愛はさ、僕と一緒にいて幸せ?」
僕はブランコを降り、愛の正面に立って覗き込むように尋ねた。そのあまりに突飛な言動に、愛は一瞬目を丸くし、すぐに目を伏せた。
「も……もちろんだよ」
「僕、考えたんだ。愛と付き合ったらどうなるのかなって。将来の僕とっても幸せそうだった!」
僕は勢いに任せて、愛に抱きついた。バランスが崩れてブランコから落ちそうになる二人。
「ひゃあ!? ちょっと!」
驚き、上擦った声を上げる愛。その慌てふためく姿が可愛くて、僕はさらに力を強める。
愛とこんなことをするのっていつ以来だろう。昔はよくやってたのに。
ふと愛の顔を見ると、偶然にも目が合った。その途端に妙に恥ずかしさがこみ上げてきた僕は、慌てて言葉を紡ぐ。
「僕は人を好きになったことがないから『好き』って感情がどんなものかわからないけど、少なくとも今、愛と一緒にいて僕はとっても楽しいんだ。そしてこれからもずっと一緒にいたいなって思った」
「うん……わたしも、そう、思ってるよ……」
なぜか愛の目が潤んでいるように見えた。でもその正体が何なのか、今の僕には少しわかる気がする。
「だからね、愛さえよければ、僕は愛と付き合ってもいいのかなって。もちろん、将来のことも考えてね」
僕がそう言うと、愛は下を向いたまま黙り込んでしまった。
ほんの数秒だけ、音のない時間が流れる。いつもは気にも留めない間だけど、今の僕にはそれがこの上ないほどむず痒い。
「ほ、ほら! 黙ってないであれ言ってよ!」
僕は愛を見つめ、視線で促す。愛はその意図を感じ取ったのか大きく深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。
「えっと、わたしは悠ちゃんのことが好きです。わたしと、その、付き合ってください」
「はい、よく言えました」
優しく頭を撫でてやると、愛はとても嬉しそうに目を細めた。本当に子犬みたいだ。
「やっぱこういうのは男子から言わなきゃね。それと男なんだから自分のこと『わたし』って言うのも禁止。今日からは僕の彼氏なんだから、愛樹くん」
本名で読んでみたが、恥ずかしいものだ。僕は火照った顔を愛に見られないように早足で公園の出口へと向かった。
「ほら帰ろう、日が暮れちゃうよ」
「うん!」
僕の声に答える愛の表情はいつにも増して清々しく、少しの恥じらいを含んだそれは、まるではるか遠くまで広がる夕焼け空を映しているようだった。
皆さんは「これは男」「これは女」と決めつけていませんか? 男っぽい口調、女っぽい仕草、そういったものから自然と推測してしまいます。小説って面白いですよね。嗚呼、私にもっと文章力があれば上手く伝えられるのに……。