第九十六話「登場」
休憩を終えた俺達は地面に落ちた木の枝を踏み抜きながら森の奥へ奥へと進んでいる。ティルシアが後ろは飽きたと言うので俺とティルシアの位置を変えて。
「うーん特にはそれっぽいものが見当たりませんねー」
ティルシアは辺りをキョロキョロとして探している。見当たらない方が本当は良いんだけどな。
ちなみに休憩が終わった後からはいくらあの気配を感じようとしても何故か全く感じられない。
「はあ、いつになったら終わるんですかね。……ん? あれは……」
ティルシアが何かを発見したようだ。何を見つけたんだ?
「シルヴィさん、ちょっと安全確保の為に見てきますねー」
ベタな理由をつけてティルシアはそれに向かって駆けていった。
「気を付けろよ……っ!?」
その瞬間、さっきまではいくら感じようとしても感じられなかったあの恐怖が俺に伝わってくる。
『ラック! あの嬢ちゃんを止めるのじゃ! 大変な事になってしまう!』
神様も同じものを感じたようで俺の頭の中に声を響かせた。
俺はシルヴィさんを置いて走り出す。間に合えよ!
どれだけ鈍い俺にだって分かる。気配だけであんな恐怖を感じさせられる奴がまともなはずが無い。下手に近付きでもしたらどんな事が起こるのか想像もつかない。
このままではとても捕まえられそうにないので声で止めようと後ろから話しかける。
「待てティルシア!」
「急に何ですか!? というかなんでシルヴィさんを置いてきてるんですか!」
「違う、今はそんな事を言ってる場合じゃないんだ! とにかく止まってくれ!」
「嫌ですよーっだ。私はアレがなんなのかこの目で見たいんですから!」
要らんところで無駄な好奇心を発揮したティルシアは止まらず、走り続ける。くそっ、今までの幸運もこれ一個で帳消しじゃねえか!
「良いから止まれ! 事情を説明するから!」
ティルシアはその場でピタッと止まり、振り返った。
「何なんですか。人のやりたい事を中断させるくらいなんですから余程の事なんでしょうね?」
「もちろん。詳しくはシルヴィさんの所に戻ってから説明する。あの人を長い時間一人にする訳にもいかないから走るぞ」
そうして俺とティルシアがシルヴィさんのいた所に戻ろうとすると、シルヴィさんがこっちに歩いてきているのが見えた。
「何でアンタ達は私を置いて走り出すんだい!」
「それについてはラックさんから説明があるそうですよ」
ティルシアは無愛想に言う。確かにティルシアから見たら唯の意地悪にしか見えないかもしれないけどさ……。
「はい。じゃあ話を──」
「残念でした。時間切れっ!」
「なっ、誰だ!」
俺が説明をしようとすると、子供のようで大人のようでもある声が俺の言葉を遮った。
「僕の事? 僕はバルペウスって言うんだ。よろしくね」
姿は見えないが、無邪気な笑顔で言っているのが分かる声でバルペウスと名乗る声の持ち主は言った。