第六十四話「励まし」
「ラックさん。その──今日、しませんか?」
「ぶふぁっ!?」
夕食の後、就寝前の歯磨きを洗面台の前で並んでしていたところ、そんな事をティルシアが言ってきた。
そのせいで口に含んでいた水を噴き出し、鏡を汚してしまった。
「い、いや変な意味じゃなくてですね! 今日のお昼失敗をした事で落ち込んでたじゃないですか。だから少しでも力になれたらなぁって思って……」
「あのな、俺のやらかした事をそんなにお前が気にやむ必要はないんだぞ? だからもっと自分を大事にしてだな」
「自分を大事にしようと考えた結果がこの結論です。なので黙って受け取ってください」
この子はまた……でも、ここまでしてくれたのにそれを無下にするのもアレだ。ティルシアの言う通り黙って受け取ろう。
「分かった。準備する事もあるから先に行って待っててくれ」
「はーい」
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朝、外で元気に鳴く鳥たちの声で目を覚ました。
隣にはすぅすぅと寝息を立てるティルシア。思わず撫でたくなる程可愛らしい寝顔だ。
つい悪戯心でほっぺたを掴むと、途端に寝ているはずなのに機嫌の悪そうな顔をした。
「むー……にゃめてくらふぁいよー……」
やめてくださいよ、と言いたいようだが言えていない。というか身体の状況と夢がリンクしているのか?
「取り敢えずなんか可哀想だし止めてやろう」
しかしこいつはした次の日は起きるのが遅いんだな。確か前の時もそうじゃなかったか?
「ま、いいか。そんな事より朝飯だっと」
ベッドから降り、キッチンに向かう。ティルシアも腹が減ったら起きてくるだろ。
「かんせー。今日もラックさん特製手抜き料理だよー」
などと寝起きの謎テンションのせいか口走りながら、机に出来た料理の並べていく。
作ったのは本当に手抜き料理ばかりで十分くらいで終わった。
ティルシアを待っていようかとも考えたが、あいつが起きてきた時に気を使うだろうと思って先に食べる事にした。
「いただきます」
そう言って手抜き料理共を食べ始める。うーん特段不味い訳でもなければ美味い訳でもない。適当な味付けと分量が織りなす中途半端なハーモニー。
「一〇〇点満点中五〇点だな。可もなく不可もなく、普通だ」
いい機会だから後でティルシアにも食べさせてやろう。この例えないようのない料理でどんな感想を言うのかが楽しみだ。
そんなバカな事を考えていると、寝室からティルシアが出てきた。寝起きの眠たそうな顔をしている。
「おはようございまーす……」
「おう、おはよう。顔を洗ってこい」
「ふぁーい……」
ティルシアはゆっくりとした足取りで洗面所へと歩いていく。角に頭をぶつけそうになるが、何故か全て避けている。
「おーい大丈夫かー? ぶつかるぞー」
『らいじょうぶれーす』
ろれつの回っていない酔っ払いのように答える。本当に大丈夫か……?