第六十一話「緊張」
非常にマズい。何がマズいのかと言うとさっきからなんだか落ち着かないのだ。
外とこの部屋を隔てているあのドアのドアノブが動いただけでも飛び上がりそうなくらい緊張している。
早くこの緊張感から逃げ出したいという気持ちと出来る事ならずっと呼びに来ないで欲しいという気持ちが、相反していて不思議な感覚だ。
(そういえばティルシアは後で来ると言っていたけどこっちに来れるんだろうか?)
一応今の俺はこの式の主役という事になっているからそう簡単には会えないんじゃないのか? と考えていると外が何やら騒がしい。気になったので扉に近づき聞き耳を立てる事にする。
『ちょっと! 困りますよ。式が始まるまで待っててください!』
『いいじゃないですか! 中にいるラックさんにティルシアが来たと伝えてくださいよ。そうすれば分かりますから』
『はあ……仕方ないわね。ドギー、ラックさんに聞いてきて』
話の流れを聞いてみるにどうやらティルシアが来たらしい。
土の上を靴で歩く音がした後外から扉がノックされ、ドギー君の声が聞こえた。
『おくつろぎの所すみません、ティルシアと名乗る娘が控え室に入りたいと言っていますがいかが致しましょうか』
「あー、通していいよ。そいつ俺の知り合いだからさ」
『承知しました』
ドギー君が扉から離れていった後、テフロさんに連れられたティルシアが控え室に入ってきた。来るとは言っていたがまさかこっちに来るなんて思いもしなかった。
「えへへ、来ちゃいました」
「来ちゃいましたじゃねえよ。まったく、何をしに来たんだ?」
「何をしに来たとはご挨拶ですね。決まってるじゃないですか、緊張でガッチガチのラックさんを応援しに来たんですよ」
「誰がガチガチだ!」
実際言っていることは当たっているから腹立たしい。でもプレッシャーに押し潰されそうだったのは事実だしそういう意味ではありがたいな。
「ま、感謝してくださいよ。どうせ暇なんでしょう? 話し相手になってあげますから」
「つっても喋る事なんか無いんだが……」
「いやですねえそれを無理矢理にでも見つけるのがラックさんの仕事じゃないですか。まさか来てくれた人にそんな事までさせませんよね?」
お前は何様だ、と突っ込みたくなるがぐっと堪える。しかし結構イラッと来たので軽めのチョップだけはしておいた。
「ていっ」
「きゃっ、何するんですか。外に出て集まっている人達に『ラックさんが無理矢理襲ってきた』とかある事無い事言って回りますよ? 良いんですか?」
「ほう、じゃあお前はそんな奴の彼女って事になるが良いんだな?」
ふふふ、口で俺の上に行こうとは百年早い。修行して出直せ!
「それなら今別れましょう。そうすれば言いたいだけ言えます」
前言撤回。いつの間にかティルシアは俺を超えていた様だ。負けていたのは俺だったのか。