第六話「撃退」
結論から言うと、俺達はすぐに差を詰められた。こっちは大きな岩を迂回しないと行けないのに対し、あいつはお構いなしに跨いで進んでくる。それに一歩の差だって歴然としているのだからまともに逃げて敵うわけがない。なのに、俺達は未だに捕まっていない。それは何故か? 答えは簡単、あいつにも弱点はあるからだ。
それは急な方向転換であったり、魔法で壁を生成し躓かせたりと色々だ。
それに俺達だってなんの目的もなしに逃げ回っている訳じゃない。しっかりとした目的があるのだ。
「ティルシア! 残りの魔力はどのくらいだ!」
「四回打ったのであと二回が限界です!」
まずいな、目的達成の為にはあと六回は打ってもらわなきゃいけないってのに……しょうがない!
「これを飲め! そうすりゃあと五回は打てるだろ!」
「これ貴重な魔力回復薬じゃないですか! 良いんですか!?」
「地獄を味わうよりはマシだ!」
ここらで目的について話しておこうか。それは転移魔法が封じ込められたマジックジェムの発動だ。
その転移魔法はどんな敵でもどこへでも飛ばせるという強力な効果がある反面、キャストまでに三十分。効果範囲は一体のみ。使用は一度きりという制約がある。そのため、俺達は逃げ回っているということだ。
その後もなんとか逃げ回ったがついにティルシアの魔力が底をついた。キャストまでは三分。あと一度足止めが出来れば難なく稼げる時間だが、その一回が足りない。
方法は有る。だがそれが上手く行くとは限らないし、失敗すれば全てがおじゃんだ。
「(だけどやらなきゃどっちみちジリ貧なんだ、ならやるしかねえだろ!)」
俺は覚悟を決め、ティルシアへ作戦内容を伝える。
「ティルシア、聞いてくれ。……たら……から……てくれ」
「!? それじゃもし失敗したらラックさんが危険じゃないですか!」
「大丈夫だ。昔から俺は運が良いんだぜ? 今回だってきっと成功するさ」
半ば自己暗示のようなことをしながらティルシアに答える。
「……分かりました。でもこれだけは約束して下さい、絶対に帰って来るって!」
「おう! じゃあやるぞ、三……二……一……行け!」
そう言うと俺は方向転換をし、化け物に向かって走り出す。化け物は獲物が自ら向かってきたことに驚いてはいるようだったが同様はしていないようだ。
俺が恐怖を押し殺しながら化け物の足元に辿り着いたとき、化け物はまるで歓迎するかのように手を広げ笑っていた。
その後、化け物は広げていた手で俺を叩き潰しそうとする。
「(ここだ!)」
化け物の手が振り下ろされた瞬間、俺は思い切り前に飛び込む。
潰せると思っていたであろう化け物は前方向に全体重を掛けたために転んでしまった。その隙に俺はティルシアの元へ全力でダッシュする。
「ジェムの残り時間は!?」
「もうオッケーです! 撃ちます!」
そう言ってティルシアはジェムを取り出し、激怒している化け物へ向ける。
「『マジックジェム解放・超転移』」
その瞬間、言葉に反応したジェムが光を放ち内に秘められた魔法を発動させた。その標的はあの赤い化け物。
転移魔法をモロに受けた化け物は魔法の光に包まれながら消えていった。それと同時に役目を果たしたジェムは砂の様に粉となり地面へと落ちていく。
「勝った……のか?」
「ええ、勝ちました。ってあ、れ?」
そう言うとティルシアは地面に座り込んでしまった。恐怖と疲労の限界だったんだろう、足が震えている。
命懸けの鬼ごっこは俺達の勝利で幕を閉じた。