第三十六話「下衆」
ベヌス山。エアスの街の西方に位置する。傾斜も緩やかだし高度も低い。その為休日は家族連れがピクニックによく行く山となっている。
俺はギルドを飛び出し全力でベヌス山へと向かう。途中で数回絡まれたが全てタックルで突き飛ばし、駆け抜ける。一人、こけた際に身体に尖った石が刺さったようだがそんなの知ったことか。悪事を働こうとした罰だ。
ベヌス山の麓では幾つかの班が最終確認をしていた。その中からはマルスの声も聞こえる。
「良いかお前ら、必ず周囲に警戒するんだぞ。よし、行くぞ!」
「「おう!」」
マルスの言葉に続き班のメンバーが雄叫びを上げ、山の中へと入っていった。まずいな、続けて入ると単独行動がバレる事になる。かと言って他の奴らが入り終えるまで待ってたらティルシアが危ない。
「くそっ、どうすりゃ良いんだ!」
俺の行動の選択肢は二つ。他の班が山に入るまで待つ事。もしくは隠れつつ山の裏まで回り、登る事。
前者を選んだ場合、前の班が敵を倒すので安全だが時間がかかる。後者の場合は危険度が二次関数のように上昇してしまうが、ティルシアは早く助けられる。
「迷ってる場合じゃねえ……よな」
腹はくくった。俺は後者を選ぶ。多少危険だろうがティルシアを助け出す事が重要だ。
そうと決めた俺は、待機中の奴らに気がつかれないよう素早く山の裏手へと回る。幸い気付かれはしなかったようだ。
「待ってろよティルシア……! 今行くからな!」
気合を入れて登ろうとした時、近くに洞穴を見つけた。
「こんなもの無かったはずだが……という事は最近掘られたのか?」
中に敵が居て後ろから襲われました、じゃ困るので洞穴の中を覗き込んでみる。すると中から物音が聞こえてきた。
先にこっちを探索しよう。もしかしたらこっちに隠れているかも知れない。頂上にアジトがあったら、先に登って行った奴らが壊滅してくれるだろう。
「ランプ持ってきといて良かったな」
手にランプを持ち罠がないか警戒しながら進むと、音が大きくなってきた。耳を澄まして聞くと、どうやらそれは人の声のようだった。
更に進むと木で出来た簡素なドアがあり、中からは男女の声が聞こえる。
「ぐへへ、なあこの嬢ちゃん犯っちまっても良いか?」
「待て待て、ボスが帰ってくるのを待とうぜ。でもまあ触るくらいなら良いんじゃね?」
「そうだよなー。じゃ、いっただっきまーす!」
「やめてください! 後で酷い目に合わせますよ!」
「やれるもんならやってみろよ! その縄で縛られた体でよ! ホラホラ、早くしないと触っちゃうぜ?」
……今のはティルシアの声だ! やっぱりビンゴだったか。もう少しで助けられる!
一刻も早く助けるため、ドアを開けようとしたが鍵か掛かっていて開かない。怒りのあまりドアを蹴っ飛ばすと簡単にドアは壊れた。
部屋は狭く、テーブルや椅子も無い。部屋の隅っこに手足を縛られ寝かされているティルシアの姿があった。
「ようティルシア。大丈夫だったか?」
「ラックさん! 助けに来てくれたんですね!」
『トリックスターズ』かは分からないが、ティルシアを攫ったっぽい奴らは戸惑っている。その内の一人は蹴破ったドアに巻き込まれて気絶しているようだ。
「な、なんだお前! 何をしに来たんだ!」
「おいおい見てわかんねえのか? 俺の女を取り返しに来たのとゴミ掃除をしに来たんだよ!」
相手も挑発の意味が分かったのか、各々の武器を手に取り俺を囲み始めた。一、二、三……五人か。
「どうだ! 五対一では何も出来まい!」
俺を囲んでいる男の一人が叫ぶ。
「ああそうだな。確かに一人でやりあうのはちとキツい……普段の俺ならな。お前ら言っとくがな、今俺はキレてんだ。死んでも恨むなよ」
「ああ? 回り見て物言えよ、もう遅いけどな! お前らやるぞ!」
そう叫んだ瞬間、五人ともが俺の方に走り出した。こうする事で逃げ場をなくし、確実に殺ってきたのだろう。
「おいティルシア、目ぇ閉じてろ!」
流石にこれから起こる事は見せたくない。トラウマになってもおかしくないから。