第十五話「水着」
朝飯を食い終え、いつもなら仕事の準備をする時間なのだがこの日ばかりは違った。それはティルシアとのデートがあるからだ。
「これでよし、と」
ティルシアの方はというといつもより準備時間が長い。女の子は色々とやらなきゃいけないから時間が掛かるとのこと。言われた時に「女の子……?」と返してぶっ飛ばされたのは秘密。
ずっと待ってても暇だし、新聞でも読むか。と、椅子に腰掛け新聞を読み始めたのだが特に面白い事は無かった。そうそう事件なんか起こらないよな。
新聞を読み進めていると、背後からドアの開く音が聞こえた。
「お待たせしました。行きましょう」
「よし」
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荷物を持ち、家を出た俺達。こう言うと家出したみたいだけど違うからな。
「それで、何か行きたいところはあるのか?」
「それなんですけど、私が今日行くところを決めちゃっても良いですか? 中々知られていない所も有りますし」
そういうティルシアの鞄からは『極秘デートプラン! 其の三十六』と書かれた紙が見え隠れしていたが、見なかったことにしておこう。
「ああ、じゃ今日はよろしく頼む」
「お任せください! きっと後悔はさせませんよ」
怪しい露天商のような事を言いながらティルシアは歩き出した。俺も慌ててついて行く。
今日は何処へ行くんだろうか。
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まず初めに行ったのは街の中心部にある、水着専門店だった。もうすぐ夏が来るのでそれに備えての事だろう。
「……なあ、流石にここは外に居てもいいよな?」
「ダメですよ。さっき自分で私に任せるって言ったじゃないですか」
「そりゃそうだが……」
俺がこんなにも入る事を渋っている理由を教えよう。ただの水着専門店なら俺も普通に入るが何せここは、
「水着専門店つっても女性のじゃねえか! 男の俺が入ったら浮きまくるわ!」
そう、女性水着専門店なのだ。男物なんか一つもない。知り合いにでも見られたら変態のレッテルを貼られること請け合いだ。
「そんなことはどうでもいいから早く入りましょうよ。時間は有限なんですよ」
俺の人生はどうでもいいらしい。こりゃ祈るしかねえな。どうか知り合いに会いませんように……。
覚悟を決めて店に入り、ティルシアと一緒に回っていると最悪の事態が起きた。ティルシアとはぐれてしまった。
「おいおい……マジかよ」
こんな時に限ってはこういうことが起こらないのが俺だったはずなんだが、どうも最近運が悪い気がする。
こそこそと隠れながらティルシアを探していると、声を掛けられた。
グッバイ平穏な日々。もうちょい生きていたかったなあ……。
「ねえ、何してるの? ここは女性用水着しか売ってないわよ」
「えーとその知り合いの付き添いで来たのにはぐれてしまったと言いますか、とりあえず今は見逃してください!」
ひたすら平謝り。聞いた事があるような声だったので顔を上げてみると、そこに居たのは今朝も出会ったユピーさんだった。
「……ユピーさん?」
「そうよ。それで、なんでこんな所に居るのかしら?」
遭遇したのがユピーさんと分かって更に緊張感が増した。ヘタな受け答えをしたら、首をくくるしかなくなる。
「まずですね、今日はティルシアとデートをする事になりました。それで行き先をあいつが決めたいというので決めさせたところ……」
「ここになって、はぐれたって訳ね」
「そうです」
なんとか間違えずに済んだっぽいな。これでまだ俺は生きていられる。
「はあ……仕方ないわね、ティルシアちゃんを一緒に探してあげるわ。その代わり、お昼ご飯奢ってね」
むぐ。年中懐が寂しい俺にとって、人にご飯を奢るというのは死活問題だ。それをさせようとするユピーさんが悪魔に見えてきた。
色々な事を考え、俺が下した決断は……。