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BLOOD STAIN CHILD  作者: maria
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 「おい、おい、開けてねえのかよ。今日、持ってかなくていいの?」

 リョウがミリアの肩を揺さ振った。ミリアは寝ぼけ眼で目の前に差し出されたプレゼントの包みを受け取る。

 「今日はクラブないの?」リョウに心配そうに顔を覗き込まれ、ミリアはプレゼントを凝視した。それから次第に意識が明瞭になってくる。

 「……寝ている時にね、おじいさんが持ってきてくれたの。」

 「……お前、それはクリスマスじゃねえか。」

 「くりすます?」たどたどしく繰り返す。

 「これは誕生日プレゼントだよ。同じプレゼントでも、違うの。」

 ミリアは首を傾げる。

 「わかった。今度はクリスマスに、お前が寝ている時に置いといてやるから。あ、やべえ。」リョウは慌てて顔の前で手を振った。「じゃなかった。サンタさんが、持って来ると、思う、から。」ははは、と乾いた笑いを付け加えて、「でさ、今日は持ってかないの?」と問うた。

 ミリアは暫し黙考した。そして起き上がり、ランドセルを開け時間割を確認する。

 「今日は国語、算数、図工、図工、音楽の日。」

 「そうか。じゃあ、特に音楽だな、お前が気合入れてやんなきゃなんねえのは。頑張れ。さあ、顔洗って飯にするぞ。」

 リョウはそう言って台所へと立った。

 ミリアは朝日に照らされた輝かんばかりのピンクの包み紙をそうっと、開けた。するとそこにはたくさんの猫の顔がプリントされたエプロンと三角巾が入っている。

 ミリアは「うわあ。」と歓声を上げ、それらを朝日に透かすようにして窓に向けて掲げた。昨日店で見たよりももっともっと輝かしく、素晴らしいもののように見えた。

 リョウはその様を見て、ハムエッグにする卵を割りながら、堪え切れずに噴き出した。

 ミリアにとって毎日は夢のように過ぎて行った。朝起きればリョウがいて、あれこれと世話を焼いてくれる。美味しい朝食を頬張りながら、今日はどんな楽しいことが待っているであろうと胸が躍る。学校に行けば大好きな友達と教師がいつも傍にいてくれる。授業も、休み時間も、給食も、笑っていないことがないぐらいにミリアはいつも幸福であった。そして家に帰ればリョウがいる。宿題をして、ギターを弾いて、それだけでミリアは毎日が満ち足りていた。リョウと出会わなかった過去なぞ、前世の記憶といわんばかりに完全に欠落していた。


 翌週、放課後のクラブが終わるや否や、美桜さえを調理室に置いて走って帰宅したミリアは、そのまま玄関に靴を脱ぎ棄てリビングに突入し、パソコンに向かって曲作りに励んでいたリョウに勢い込んで激突した。

 「なんだなんだ。」リョウはマーシャルのヘッドフォンを外し、咄嗟に抱きすくめたミリアを見下ろした。

 「今日作ったの!」息を切らすミリアの手にはビニール袋がしっかと握られており、それはそのままリョウの鼻先に突き付けられた。

 「凄ぇな!」

 リョウは袋を引っ掴み、ついでにミリアも抱き上げ、袋から一枚クッキーを取り出した。「おおー、猫ちゃんじゃねえか。猫ちゃん食っちまってもいいのか?」

 「いい。」

 「いっただきまーす。」とリョウは口の中に入れた。「旨い! これは旨いぞ! お前はクッキー作りの天才かもしれん。ギタリストでいえば、フランク・ザッパかスティーブ・ヴァイだな。」

 ミリアはわからないまま、でも褒めてくれているだろうことが嬉しく、何度も肯いた。

 「じゃあさ、ちょっと待ってて、天才さん。」ミリアは腕の中から降ろされた。「この曲今日中に仕上げねえとやべえんだ。」

 リョウはこの秋にCDをリリースするとかで、今年に入ってからスタジオやレッスンで家を空ける以外は始終家で黙々とギターを録音していた。時折は作曲に専念しすぎるあまり夕飯を忘れてしまうありさまで、ミリアのお腹が鳴っていることに気付き突如慌て出し、近所の中華屋から出前を頼んだことも、一度や二度ではなかった。

 ミリアはだから、早く夕食の一つぐらいは作れるようになりたいと思っていた。しかし学校のクラブではまだ低学年には包丁を持たせることもせず、火を直接扱うことも禁じていた。料理を習えないのかと落胆するミリアに、「じゃあさ、ママに教えてもらえばいいよ。」あっけらかんと美桜が言った。「ママのお料理教室に出れば、料理作れるようになるよ。私が、頼んであげる。」

 ミリアは自分の財布には幾らぐらいあったろう、と思い起こす。リョウから貰ったお小遣いがそのままそっくり入ってはいるが、どう考えても三百円以上はありそうもない。しかしそれを言い出せぬまま、美桜の後ろにくっ付いている内にすぐに到着してしまった。

 美桜の母親はいつものように快く迎え入れてくれる。

 スライスレモンを浮かべたレモンティーにマドレーヌをトレーに乗せ、猫脚のテーブルに並べられる。美桜はそれを手伝いながら、母親に話し始めた。

 「……それでね、ミリアちゃんがお料理を作れるようになりたいんだって。」

 「まあ。」

 「だってミリアちゃんちは、ママがいないんだもん。お兄ちゃんはお仕事あるし。うちのパパだってさ、お仕事忙しくてお料理なんてできないし、一緒だよ。」

 ミリアは頬を紅潮させながら俯く。三百円しかないのですが、それを言い出さなくてはならないのだが、とても言い出せない。ミリアは俯いてひたすらテーブルの猫脚ばかりを凝視していた。

 美桜の母親はミリアの前に座り、ミリアの顔を覗き込んだ。

 「ご飯、食べられて、ないの?」

 ミリアは首を横に振った。ご飯を家で食べられない子供は嫌われる。食べ物を欲しそうにしていると賤しいと言われる。そうなったら、美桜との関係も、終いだ。

 「……今だけ。リョウが、曲作りで忙しいの。……秋にCD出るから。」

 「そうなの。……わかったわ。」美桜の母親はミリアの手を取って微笑んだ。「じゃあ、いつでもお料理教えてあげる。でも今からでは時間がかかって遅くなってしまうから、今日だけうちで作ったの、少し持って帰って。」

 「いらない。」はっきりと、声が出た。

 美桜の母親は驚いた顔でミリアを見つめた。大人を、それも一番大切な友達の母親を、動揺させてしまっている事態にミリアは焦燥を覚える。

 「あの……。ご飯を貰うのは卑しい子だから。ミリアはそうじゃないから。……違うから……。」最後は切り裂くような泣き声になった。

 美桜の母親はミリアを抱き締めた。

 「ミリアちゃんを卑しいだなんて、誰も思わない。でもね、お仕事をしている大人は誰も自分のことでいっぱいになって、周りが見えなくなってしまうことがあるの。働くって、たくさんの人のためにすることなのだから、仕方がないわ。うちのパパだって、そう。そういう時に周りが助け合うのは、当然でしょう? ミリアちゃんのお兄ちゃんは、みんなを幸せにする音楽を創っているのだから、私も応援したいの。それだけよ。いい?」

 ミリアは遂にわあ、と声を挙げて泣き出した。

 「よかったわ、今日は日中お教室があったものだから、作りすぎちゃっていたのよ。春野菜のタルティーヌでしょ、じゃがいものガレットに、それから洋ナシのタルト。お料理には少し時間がかかるから、今度お休みの日に美桜と一緒に作りましょう。」

 美桜の母親はミリアを優しく撫で、ミリアは腫れた目を擦り擦り、肯いた。

 「ミリアちゃん、よかったね。今度あの猫ちゃんエプロン持ってきて、うちでママとお料理教室やろうよ。」

 「そうね。日曜日にでもどう? ミリアちゃんは何の食べ物が好きなの?」

 ミリアは両手で顔を激しく拭い、暫く考え込んだ。

 「……焼きそば。」

 ミリアは答えた。それはミリアがリョウの家にやってきたあの日、リョウが初めて作ってくれた料理だった。

 「焼きそば?」

 「……白いの。」

 ミリアの母親は暫く考え込む。白い焼きそば、ソースではないということか。それとも何か違った味付けがあるのか。

 「……わかったわ。白い焼きそば、今度みんなで一緒に作りましょうね。」

 「でも、その、……お金が三百円しかないんです。」ミリアは遂に白状した。「でも、働くようになったら、返します。」

 「もう。」美桜の母親はミリアの頬を撫でる。「何言っているの。」

 「でも……。」ミリアの目が再びうっすらと濡れてくる。「お教室に行くのには、お金がかかるの。リョウも、……レッスンは、生徒さんから、お金貰ってる。」

 「お友達と遊ぶのに、お金は要りませんよ。ね、私と美桜と一緒にお料理作って遊ぶの。それだけ。」

 「そうだよ、ミリアちゃん変よ。」美桜はそう言って悪戯っぽくミリアの顔を覗き込む。「私も楽しみだな、焼きそば作って食べようね。」

 ミリアは再び、わあと大口を開けて泣いた。

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