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BLOOD STAIN CHILD  作者: maria
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 ミリアが二年生に上がる頃、小学校では各自興味のあるクラブに加入することとなった。ミリアは美桜に誘われ、調理クラブに入ることになった。美桜は料理教室を主宰する母親の影響で料理やお菓子作りに関心を寄せおり、ミリアもミリアで、リョウが自分にいつも作ってくれるような美味しい料理を作れるようになった食べさせてあげたいと思ったので、喜んで入った。

 早速帰宅するや否や、バンドのリハーサルに向かうリョウに、調理クラブに入ることにしたと告げると、突然リョウは打たれたように「マジか。」と言った。

 ミリアは何かまずかったか、とリョウの顔を覗き込んだ。たしかに音楽に関するクラブに入ればリョウを満足させられたのかもしれないが、ミリアにとってギターはリョウとつながるためのツールなのであって、他人と演奏することに喜びは見出せそうにはなかったのである。

 リョウは空の一点を見詰め、「調理クラブ、調理クラブ……。」と呟き、はっとひらめいた。「エプロンとかが必要なんじゃねえのか!」

 確かにクラブの顧問は来週から早速調理を始めるので、エプロンと三角巾を持って来るよう生徒たちに指示をしていた。ミリアは自分の選択を認めてもらえた喜びに、元気いっぱいに「うん。」と答えた。

 「今から買いに行くぞ。」

 ミリアは驚いた。これからスタジオに行くのではなかったのか。しかし有無を言わせずミリアの頭にはヘルメットが被せられ、そのまま手を引かれてバイクに乗せられた。勢いよく発進し、着いたのは駅前の雑貨屋だった。北欧からの輸入品が多く売られているとかで以前テレビでも紹介されたことがある、いつでもお洒落な女性のいる、ミリアにとっては少々敷居の高い店だった。

 「やっぱここだろ。フィンランドらしいぞ。フィンランド。」

 なぜかフィンランドばかりを連呼しながら、リョウはミリアの両肩に手を乗せて、ミリアを前にがつがつと大股に店内に入った。腰近くまでの赤髪を靡かせて、屈強な身体をしたリョウはすぐさま店中の視線を集めることとなったが、そんなことには一切お構いなしに、リョウはキッチンコーナーへと足を早めた。そして口早に言う。

 「フィンランドは凄ぇんだ。何せ世界一のメタル大国だ。Children of Bodomだろ、In Flamesだろ、Dismemberだろ。だからいつかこの店、来てみてえと思ってたんだ。でも一人だとちょっと、マズイだろ。」

 一人では入りにくいとか、リョウもそんなことを考えるのかと、ミリアは意外に思った。ミリアにとってリョウは何物にも屈しない獣王のような存在であったから。

 キッチンコーナーに着くや否やミリアは思わず歓声が出そうになった。凄く斬新な絵柄のテーブルクロスや、シンプルな中にも個性的な食器が数多く陳列されている。ミリアは確かに、異国を訪れたような気分になった。「あった、あった。」リョウはエプロンのたくさん釣り下げられたコーナーを見つけると、ミリアを手招きし、真剣に一枚一枚を吟味し始めた。

 花柄、それからハリネズミ柄、牛柄なんかもある。そして「あ。」と、ミリアとリョウの声が重なったのは同時だった。それはオレンジ色、赤、白、黒等々の真顔の猫が胸一杯に並んだカラフルなエプロンだった。

 「おい、これの頭に被るのも、あんぞ。」すぐ上の棚から揃いの三角巾を取り出して、リョウはミリアの頭に被せた。すぐ傍の鏡に映す。

 ミリアは思わず「かーわいい!」と叫んだ。

 リョウはにっと歯茎を見せて笑うと、ミリアの頭を撫で、レジに直行した。

 「ご自宅用ですか?」若く綺麗な店員が微笑む。

 「いいや、プレゼントで。」

 ミリアは不思議そうにリョウを見上げた。これは誰かにあげるためのものだったのだろうかと思えば、少し、落ち込んだ。

 「お前の誕生日プレゼントな。」リョウは顔を曇らせるミリアに耳打ちする。

 ミリアはきょとんとリョウを見上げた。「……誕生日?」

 リョウは頭を軽く小突く。「お前、自分の誕生日も知らねえのかよ。」

 ミリアはゆっくりと頷いた。

 「マジで、言ってんの?」リョウはミリアの眼の高さにしゃがみ込んで、「来週水曜日が、お前の誕生日。八歳になるの。」

 ミリアは瞬きを繰り返す。

 「悪いな、猫はあの家じゃあ飼ってやれねえし、指輪だのネックレスは小二にはまだ早いらしいし、人形はもうくれてやったし。正直、何にしたらいいのか悩んでたんだよ。……気に入ってくれたんならあ、良かった。」

 店員がリボンを付けてピンク色の包みを手渡すと、そのままリョウはミリアに手渡した。

 「お誕生日おめでとう、ミリア。ねえ、来週この可愛い妹の誕生日なの。店員さんもお祝いしてあげて。」

 店員は驚きながらも満面の笑みを湛えて「お誕生日おめでとうございます!」と店中に響き渡る声で言った。

 すると近くで品出しをしていた店員も慌てて立ち上がり、同様に「お誕生日おめでとうございます!」と言った。

 ミリアは激しくなる鼓動を抑えることができず、呆然と立ち尽くした。

 「そうだ。」レジの店員がそう言ってミリアの前にやって来ると、小さな赤いバラの花の付いたボールペンを差し出した。「これ、先日までお客様に差し上げていたノベルティなんです。もう終わってしまってるんですけれども、お嬢ちゃんに特別。どうぞ。」

 ミリアは右手でリョウの太ももをしっかと抑えながら、左手でおそるおそるバラの花を受け取った。

 「ありがとう。」

 下を見たまま、真っ赤な顔をしてミリアはそう呟いた。そしてそのままリョウの後ろに隠れる。

 「良かったなー。誕生日にバラの花を貰えるなんて、レディの証だぞ。」

 ミリアはレディとは何なのかわからなかったけれど、こく、こくと何度も頷いて、リョウのTシャツの裾を引っ張って出口に誘った。

 「お姉さん、ありがとうございます。マジで。また来ます。」リョウは二人の店員に何度も頭を下げながら、店を出た。

 「何だよ、もう帰るのか。せっかくなんだから他にフィンランド見ても良かったじゃねえか。せっかくフィンランドなのによお。」

 ミリアは頬が熱くなるばかりで、どうしたらいいのかわからなかった。ミリアは自らバイクに掛けておいたヘルメットを被ると、「練習。」と呟いた。

 「真面目だなあ、お前は。まあ、まだ間に合うから大丈夫だよ。」

 リョウは渋々ヘルメットを被ると、ミリアを後部座席に乗せ、出発した。


 家に着くと、「じゃあ、本番はちゃんとケーキぐれえ買ってやるから、いい子で待ってろよ。」と言いミリアの頭を撫でると、玄関に置いておいたギターを背負って、家を出た。ミリアはピンク色の包みと薔薇のボールペンを持ったまま、玄関のドアをいつまでも茫然と見詰めていた。

 ミリアにとってこれが、紛れもなく生まれて初めての誕生日プレゼントだった。

 ミリアは紅潮した顔でおそるおそる、手にした包みを見下ろした。そしてリビングに入ると、ソファにそっと置いた。

 明日の朝起きたら、ここにあったことにしよう。

 ミリアは決意を込めて肯く。いつか友達に聞いたプレゼントは、夜眠っている間に枕元にあるということだった。ミリアもそんなミステリアスで素敵な体験を得てみたかった。

 ミリアはソファに腰かけ、自らの隣を見て見ぬふりをした。でも我慢ができずに、何度もちらり、ちらりと見てしまう。

 ミリアはこれではだめだとばかり、ギターの練習を開始した。リョウが創った『Endless Despair』は全く今のミリアの心情には即していなかったが、構わず弾いた。音源の速度に付いて行けるよう、運指だけに専念して。

 気付けばいつものように部屋は真っ暗になっていた。ギターを弾き始めるといつも、こうなる。ミリアはリョウが準備をしてくれた、ポトフの入った皿をレンジで温め、十分に味わった。そして約束通り、八時になるとシャワーを浴び、パジャマを着て、ソファに寝転んだ。努めて枕元のプレゼントを見ぬふりをしたけれど、それでも気づけばうっとりをそれを眺めてしまう。ミリアは溜息を吐きながら何度もうっかり、プレゼントを目端に入れた。

 全く眠くならなかったが、寝なければプレゼントはやってこないという設定だったので、遂には両手で無理やり瞼を覆って、羊の数を数えた。そうしている内に悲願の朝が来た。

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