7話 鍛錬
「私を鍛えてください!」
二つの目の町を訪れ、宿に泊まり、後は寝るだけと言う状況での美久さんによる発言であった。俺はスマホを片手に、ベッドへ腰掛けた状態で彼女の方を見る。
「どうしたんですか? 藪から棒に」
「私、正和さんにばかり戦わせていてはいけないと思うのです。今日もここまで来るまでに多くのモンスターと戦いましたが、全て正和さんが戦闘を行い、私はその後ろで見ているだけでした。これでは正和さんの疲労が溜まるばかり。そこで思ったのです。私も戦えれば正和さんの疲労が軽減されるのではないかと」
疲労なんて溜まっていないんだよなぁ……デバックのおかげで俺は最強、無敵だ。ここに来るまでに遭遇したモンスター達を槍の一振りで倒してきた。苦戦していれば疲労も溜まるだろうが、一撃で倒せているので疲労など溜まろうはずもない。
「そんなことはありません。戦闘は全て俺に任せておいてくれれば構いませんよ。俺は別に自分だけが戦っていることを気にしてなんかいません」
「私が気にします! とにかく、私を鍛えてください!」
俺を気遣ってのことだろうが、やれやれ、どうしたものか。正直言って、今の彼女は弱い。最弱の敵である、スライム相手に苦戦して回復アイテムを使いきってしまうほどにな。
そんな彼女を鍛えようとしたら相当な鍛錬が必要。その際には、俺はその鍛錬に付き合わなければならない。ぶっちゃけモンスターとの戦いよりもこっちのほうが疲労が溜まりそうだ。
だからと言って、彼女の気遣いを無碍にする訳にもいかない。
「うーん、そうですね。それじゃあ約束してください。どんなに辛くても音を上げずに鍛錬に励むこと。音を上げた時点で鍛錬は終了、さらに貴女を置いて俺一人で宝玉を探しに行きます。いいですね?」
彼女は俺といれば安心だと確信して付いて来た。そんな俺から見捨てられるとなると、彼女はこの世界でたった一人で過ごさなければならない。そんなの、彼女からしたら恐怖以外の何物でもないだろう。誰かが助けてくれたら別だが。さて、鍛錬を諦めるだろうか。
「はい!」
予想に反して二つ返事だった。
「そんな簡単に返事しちゃっていいんですか? 俺の鍛錬は厳しいですよ?」
「大丈夫です! 絶対に音なんて上げません!」
そう言葉にした今、彼女の頭の中では辛い鍛錬に耐え、成長した自分を思い浮かべていることだろう。成長して俺に「よく耐えたな」などと褒めてもらっている姿を。
だが、それはつらい状況に置かれていない今だから思い描けるもの。つらい状況に置かれて現実を知った瞬間、思い描いていたものは崩れ、挫折するだろう。そして、約束通り俺に置いて行かれる。
だが、俺も鬼ではない。もう一度チャンスをやることにする。
「わかりました。それでは明日から早速鍛錬に入りますが、その前にこれが最後の警告です。引き返すなら今のうち、本当にいいんですね?」
「構いません! よろしくお願いします!」
美久さんは頭を下げた。俺は再三に渡って警告した。しかし、彼女は鍛錬を選んだ。本気ということか。
――――
翌日、町に繰り出した。今の美久さんは武器を持っていないので、それを購入するためだ。素手で戦わせるわけにはいかない。
「お金ならあります。どうぞ、好きなのを選んでください」
目の前に並べられた、たくさんの武器を指して言う。
「えっと、おすすめは何ですか?」
「おすすめか……そう言えば、美久さんは最初弓を選んだそうですね?」
「はい。なるべく敵には近づきたくないと考えておりましたので」
「なるほど。それじゃあ、こんなのはどうでしょう?」
俺は銀色の腕輪を掴み、美久さんに差し出した。この世界で「マジックリング」と呼ばれている代物だ。これを装備することではじめて魔法を使えるようになる。と、先日町で他のプレイヤーに聞いた。
「これを装備することで魔法を使えるようになります。弓だと使いこなせるようになるまで時間がかかりますが、これならそんな時間を必要としません」
ちなみに俺はこんなものを装備していないが、魔法を使うことができる。何故なら、デバックの槍に魔法を使うことができる機能が付いているからだ。
「わかりました。それじゃあこれでお願いします」
俺は代金を武器屋の店員に手渡してマジックリングを受け取り、それを美久さんに手渡した。美久さんは早速それを左の腕に装備する。
彼女の今の服装に腕輪という組み合わせは違和感なく、とても良く似合っていた。
「それじゃあ、行きましょう。休んでいる暇なんてありませんよ?」
「わかっています」
――――
俺達は町の門を抜けてそんなに離れていない森の中へと入った。ここならば夕方まで鍛錬してもすぐに町に戻れて宿の手配ができる。
「それで、どのような鍛錬をなさるのですか?」
「まあ、待ってください――って、噂をすれば」
草むらより青いゼリー状の物体、スライムが飛び出してきた。突然の登場に美久さんは体をビクつかせる。
「あれを倒してください」
「あれを、ですか?」
「そうです。ほら、早くしないと攻撃されますよ?」
美久さんが俺からスライムに視線を移した瞬間、スライムは飛びかかって来た。俺は横に飛んでそれを避ける。しかし、美久さんは反応できず、スライムによる体当たりを食らってしまった。
「うぐっ!」
美久さんは衝撃で尻餅をつく。だが、俺は彼女を助けに行かない。ただ傍観するだけだ。
「言い忘れていましたが、俺は一切手を出しませんよ。頑張ってください」
スライムは体制を整えて再び美久さんに襲いかかった。今度は反応できたようで、尻餅をついた状態から横に飛んでスライムの攻撃を避ける。そして、美久さんは立ち上がり、右掌をスライムに向けた。
「『ケア』!」
ケア。体力を回復させる魔法だ。あーあ、敵に使ってどうするんだ。
スライムは元気になったようで動きが若干素早くなった。美久さんはスライムの動きが素早くなったことに恐怖したのか、涙目になっていた。
――――
「『ファイア』!」
ファイア。火の魔法である。スライムの周りに炎の壁ができ、スライムを俺達から見えないように囲い込んだ。
数秒が経過し、炎は消え去った。そこにスライムの姿はなく、代わりに一円玉がそこに残されていた。
「はぁはぁ……正和さん。どうですか?」
美久さんは「やりましたよ」と言いたげな顔でこちらを見つめてきた。それに対する俺の答えは――。
「駄目です。全然なってません」
既に空は赤く染まっている。戦い始めたのは昼ごろから、いくらなんでも時間がかかりすぎだ。
「それに、スライムくらい無傷で倒せるくらいじゃないと」
彼女は何度もスライムによる体当たりを食らっていた。スライムは攻撃する時、体を震わせる習性がある。それを見切って避けられるようじゃないと困る。
「そうですか……」
美久さんはうなだれた。明らかに落胆している。
「どうですか? 諦めがつきましたか? 俺も鬼じゃないんで今なら諦めても今まで通り、宝玉探しに美久さんを連れて行きますよ?」
「いえ――」
美久さんは立ち上がった。そして、真っ直ぐ俺を見据えてくる。
「諦めません!」
確固たる決意。いいだろう、そこまで本気なら俺も容赦はしない。
「――わかりました。挫折した時は、覚悟してください」
美久さんは「はい」と返事をした。