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6話 デバッグのおかげでどんなゲームもヌルゲーと化す

 スマホの画面を注視する。するとそこには「緊急クエスト発生!」と表示されていた。


「なんやこれ!?」


 文子は勢いよく起き上がって驚いた表情で自身のスマホの画面を注視した。言動からするに、長年この世界にいる者でも知らないみたいだ。


 とにかく、「緊急クエスト発生!」の下に表示されている赤く塗られた枠の中に「詳細表示」と表示されているところをタップする。すると、このクエストについての詳細が表示された。



 ****


 緊急クエスト、「ゴブリン部隊襲来!」


 ゴブリン部隊が人の住むこの町を襲撃してきた! プレイヤー諸君はただちに攻め入って来たゴブリン達を討伐せよ!


 クエスト成功条件 ゴブリン50体の討伐。又は、日が昇るまで生き延びる。


 報酬 なし


 このクエストは強制ではありません。


 ****



 ゴブリン。西洋を舞台にした冒険物のゲームでもお馴染みのザコ敵だ。しかし、五十体とは多いな。初期装備だと絶望しただろうが、今の俺は最強。こんなもの、恐れるに足らずだ。


「やってられるかいなこんなもん。うちは寝る」


 文子はスマホを枕元に投げつけると、首まで布団をかぶった。この子、クエストを受けないつもりか?


「まさか、クエストを放棄する気か!?」

「そのまさかや。兄ちゃん、良く考えてみ? 報酬はでーへん。そんでもって強制されてないんやったら放棄やろ」


 確かにこのクエストは報酬は出ないし、強制ではない。強制されていないのなら、報酬も出ないこんなクエストを受ける意味は無いだろう。


 しかし、このクエストは何としても受けなければならない。何故なら――。


「詳細の一番最後、右下のを見ろ。これを読んでもまだ、クエストを放棄する気か?」

「は? 右下? 何も書いてないやん――っ!」


 文子は気付いたようだ。詳細画面の一番下までフリックして右下、そこには小さくだが「なおこのクエストを放棄した場合はこの世界から強制的に退場させます」と書かれている。


 そう、クエストを受けなければ、この世界から退場させられてしまうのだ。宝玉を所持していれば何ら問題ないが、無ければ負け組人生への転生が待っている。


「あっぶなー! 兄ちゃんよく教えてくれた。危うくうちこの世界からつまみ出されるところやったわ。おおきに!」

「感謝の言葉、どうも。それじゃあ」

「わかっとる。面倒いけど受注や」

「美久さんもいいですね?」


 美久さんの方に振り返り質問する。今まで置いてけぼり状態だったので、突然声をかけられたことに驚いたのだろう、体をビクッとさせた。


「あっ、はい!」

「それじゃあ、受注っと」


 俺は詳細の一番下、「受注する」と表示されているところをタップした。



 ――――



 石畳の上、町中に「デバックの槍」を持って俺は立っている。右斜め前には文子、そして左斜め前には美久さんの後ろ姿が見える。辺りにもチラホラとプレイヤーらしき姿が見えた。


 一瞬だった。「受注する」と表示されているところをタップした瞬間、泊まっている宿の部屋からここに飛ばされた。


 美久さんは辺りをキョロキョロ見渡しだした。そわそわしているようで落ち着きが無い。そして、後ろにいる俺の姿を見つけると安堵の表情を浮かべ、こちらに寄って来た。


「ほっ……良かったです」

「どうしたんですか? 何だか落ち着きがなかったようですが」

「いえ、突然ここに飛ばされ、正和さんの姿も見えませんでしたから不安になって……」


 俺を見つけて安堵ってことは、美久さんは俺を頼っている。嬉しいという感情が湧き上がる。美人に頼られて嬉しくない男など、ホモ以外にいないだろう。


「大丈夫です、俺が貴方のそばについていますよ」

「正和さん……」


 俺達は互いに見つめ合う。いい雰囲気だ。


「そんじゃ兄ちゃん、うちのことも守ってーや!」


 そんな雰囲気をいきなり関西弁でぶち壊しにされた。俺は溜息をつき、声のした方へと顔を向ける。


 文子が歯をニッとして眩しい笑顔でこちらを見ていた。


「空気読めよ。今、いい感じだっただろ?」

「知らんがな、そんなこと。で、うちは? うちは?」


 文子がぐいぐいと迫って来る。はっきり言ってうざい。


「お前は必要ないだろ? 歴戦の戦士なわけだし」

「なっ! うちも乙女やで? 男なら乙女を守ってなんぼやろ!」

「はいはい、乙女乙女」


 そんなやり取りをしている時だった、向こうから足音が近づいてくる。足音は一つではなく複数で、それが何重にも重なって大きな音となっている。


 ゴブリン部隊が現れた。斧や剣、弓など武器を持って隊を乱さずこちらに迫って来ている。画面越しに見るゲームだと何でもないが、実際に見ると圧巻だ。


「や、やっぱり俺逃げる!」


 プレイヤーの男が一人逃げ出した。それを皮切りに、プレイヤー達はどんどんと逃げ出す。そして、この場に残ったのはついに俺達だけになった。


「な、なあ、うちらも逃げたほうがええんとちゃう!?」


 文子が俺の袖を掴み不安な表情を浮かべて提案してくる。美久さんも何も言わないが、文子と反対側の袖を掴んでいる。その表情はひどく怯えていた。


 ゴブリンめ、美久さんにこんな表情をさせるとは……許さん!


「二人とも、俺に任せろ」


 俺は二人の前に立った。槍を両手で掴み、穂先をゴブリンの方に向ける。


「む、無茶やって兄ちゃん! 勝てるわけないて!」


 勝てるんだな、それが。相手は大軍。今こそあのデバッグ技を使う時だ。


 槍の穂先が光を放つ。それを確認すると槍を横になぎ払うため、刃を後ろに向けて構える。


「はぁっ!」


 声とともに槍を薙ぎ払った。すると、緑色をした光線が扇の形となってゴブリン達に向かって行く。やがてそれは直撃してゴブリン達を吹き飛ばし、消滅させた。


「流石と言ったところか」


 構えを解き、槍の底を地面に置いて突き立てる。こんな呆気無く終わるとは思っていなかった。恐るべきデバッグ。


「二人とも、無事――って聞くまでもないか」


 美久さんと文子は呆気にとられたようで、俺の言葉に何の反応もなくその場に立ち尽くしていた。



 ――――



 翌日、俺と美久さんは開かれた門の前に立っていた。この町ともおさらばだ。


「で、本当に行かないのか?」


 俺は振り返って文子を見た。彼女は俺たちを見送るためにここに来ていた。


「ああ、うちはここに残る。もう、宝玉とか転生とか興味ないねん」


 昨夜、俺は文子に「一緒に行かないか」と提案した。しかし、この答えだ。


「わかった。それじゃあ、せいぜい死なないように気をつけろよ」

「それはこっちの台詞やって言いたいところやけど、昨日のあんた見てたら大丈夫やろ。まあ、きーつけや。美久ちゃんも、気をつけるんやで?」

「はい。文子さんもお元気で」


 俺達は文子に別れを告げると歩き出した。

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