5話 ちゃうちゃう、それチャウチャウちゃうで。な少女
あれから歩き続けて町に到着した。その頃には空は夕日で赤く染まっていた。辺りが暗闇に染まる前に到着できてよかった。
町は冒険物のゲームでよく見る中世ヨーロッパの町並みそのままであった。地面に石畳が敷かれ、建築物の壁はどれもレンガや石を積み上げられてできている。
「わあ、中世ヨーロッパの町並みのようですね!」
美久さんが楽しそうな口調で言った。ようですねって、そのまんまなんですが。
ちなみに俺と美久さんの互いの呼び方は、俺に対しては「正和さん」、美久さんに対しては「美久さん」と下の名前にさん付けで呼び合うことになった。
「正和さん、これからどうするのですか?」
「そうですね、とりあえず宿を探しましょう」
まずは宿探しだ。俺は野宿でもいいが、美久さんは女性でしかも世間知らずのお嬢様。そんな人を野宿させるわけにはいかないだろう。
ゲームの世界では宿屋には、わかりやすく屋根や入り口の所に「宿」と書かれた看板が書かれているもの。それを探す。
――――
空を見上げると、夕日が沈みかけていた。空には星がまたたき始めている。
「見つかりませんね、宿」
美久さんが言った。
あれから俺達は街中を歩き回って宿を探し続けた。しかし、看板やそれらしき建物は見つからなかった。スマホの「説明書」に宿について何か書いてあるのかと思い読んでみたが、それらしき記述はない。一体、どこにあるのか。
(もしかして、ないとか?)
そう思ったが、そんなはずはない。冒険物のゲームじゃ宿は必ずと言っていいほど存在する建物だぞ? 泊まって体力を回復させたり、そこで情報を集めたりと結構重要な存在だ。
途方に暮れる俺の目に、一軒家の出入り口で雑談をしている二人の男の姿が入った。もしかして、宿はどこにあるのかこの世界の住人に聞けってことか?
俺は二人の男のうち、一番近い男に近づき声をかけた。
「雑談中悪いんですけど、ちょっといいですか?」
俺の問いかけに男の反応はなく、雑談を続けている。完全に無視である。
「おい!」
男の肩を掴んだが、それでも反応はない。ほう、これでも無視するか。
次で最後だ。これで反応しなければ一発殴る! 怒って襲いかかってきても大丈夫、俺は最強だ。こんな一般人相手、余裕で倒せる。
「すみません!」
さあ、無視してみろ。そん時はてめぇの後頭部めがけて拳が飛んでくぜ?
すると、男はこちらに振り返った。
「彼と今夜酒場でどちらが多く飲めるか勝負するんだ!」
男はそれだけ言うと、雑談相手の方に向き直った。
「――は?」
いや、何だ今の? 今夜雑談相手と飲み比べするのはわかった。で、それを俺に伝えてどうする?
とにかくもう一度話しかける。今度こそ宿の場所を聞き出すんだ。
「あの、聞きたいことがあるんですけど」
俺の言葉に男の反応はない。またしても無視のようだ。
(そうかそうか……恨むなよ。無視するお前が悪いんだ)
俺は右手に拳をつくって、男の後頭部を殴りつけた。その衝撃で、男は前のめりになる。が、右足を踏み出して踏ん張ったようで、態勢を立て直して何事もなかったかのように男と雑談を再開する。
「何をなされているのですか!」
美久さんが怒鳴った。
「いや、こいつが悪いんですよ? 人が聞いてるのに無視するから」
「だからって殴るなんて何を考えているのですか!」
そう言うと美久さんは男の方を向いた。
「申し訳ございませんでした」
美久さんは頭を下げた。そしてその状態で俺に向かって目配せをしてくる。
「ほら、正和さんも謝罪してください!」
「――すみませんでした」
俺も男に向かって頭を下げる。何だよ、たしかに俺は悪いだろうが、無視するこいつだって悪いんだぜ?
頭を上げると、男がこちらを向いていた。まさか、許さないと言うつもりか?
「彼と今夜酒場でどちらが多く飲めるか勝負するんだ!」
男はそう言って、再び雑談相手の方に向き直った。謝罪は求められなかったが、ちょっと待て。それは先程も聞いた台詞だぞ? どういうことだ?
「うーん、どうやらこの方は『すみません』と言う言葉に反応するようですね」
美久が冷静に分析している。「すみません」という言葉に反応している?
「すみません」
とりあえず、美久の分析に従ってそう声をかけた。すると男は再びこちらに振り返ってきた。
「彼と今夜酒場でどちらが多く飲めるか勝負するんだ!」
そして男は再び雑談相手の方を向く。確かに「すみません」と言う言葉に反応するようだ。しかし、何で同じ台詞を繰り返すんだ?
「町の奴等に話しかけても同じ台詞しか帰ってこんで?」
背後より声が聞こえた。振り返って声の主を確認する。
女の子だった。茶色のショートヘアではロールプレイングゲームの格闘家のような格好をしている。
「町だけやないで、この世界のNPCは全員同じ台詞しか返さへん。受け答えのある会話をしたかったらプレイヤーに話しかけることやな」
「――君は?」
「うちか? うちは『野長瀬文子』。よろしゅうな!」
そう言って彼女はポーズを決めた。バチコーンという効果音が聞こえてきそうだ。
「それはそうと、あんたら宿に行かんの? もうすぐ日が暮れてまうで?」
「それが、場所を知らなくて……」
「何や、そうだったんかいな。ほな、うちに付いて来るとええ」
女の子は歩き出した。俺と美久さんは顔を見合わせた後、彼女の後を追った。
――――
俺、美久さん、そして文子の三人は無事宿に到着し、一つの部屋に集まっていた。しかし、外見が共同住宅と同じとは……見つからないはずだ。
外は日は既に沈んで暗闇に染まり、部屋の中は照明がついている。
「ほー、あんたら今日来たばかりかいな」
文子はまじまじと俺と美久さんを見つめてくる。
「ああ。それにしても助かったよ」
「ほんまやで。あんたらあのまま外におったら大変なことになってたわ」
「大変なこと?」
「せや。説明書には書いてへんことなんやけど、日が暮れて宿を確保してない場合は町の外に強制的にワープするんや。夜はモンスターが活発になってうじゃうじゃ湧く。町の中に戻ろうと思っても外壁の門は固く閉ざされて開かへん。朝になったら門は開くんやけど、それまで戦い続けんとあかんのや」
そう言って彼女は両手を頭の後ろで組み、ベッドに倒れ込んだ。
危なかった。あのまま宿を見つけられなかったら今頃、町の外に……いくら最強と言っても、美久さんを守りながら夜通し戦い続けるのは無理がある。
「詳しいね。この世界にいるのは長いの?」
「まあな。どれくらいこの世界にいるのかは数えてないけど、まあ、一年ぐらいはおるんとちゃう?」
「一年!? そんなにいて宝玉が見つからないのか……」
一年間この世界にいる者でも宝玉が見つからないとなると、骨が折れそうだ。
彼女は組んでいた両手を解き、寝転がったまま体をこちらに向けて頬杖をついた。
「いや、うちはもう宝玉なんて探すんやめたんや」
「えっ、やめた?」
「うん。最初の頃はそれこそ宝玉探しに躍起になったけど、今はプチプチこの周辺のスライムを倒して宿代確保するっていうその日暮らしの生活しとる」
「何でまたそんな生活を?」
「うちな、色んな所を旅してきてん。ダンジョンにも潜った。行く所々でNPCに話しかけて、宝玉についてのヒントを集めながらな。でも、それらしいものは一つもなかった。で、そうしているうちに色んなプレイヤーに会うんよ。そのプレイヤー達と意見交換もしてきたんやけど、誰も宝玉について情報を持ってる奴はおらんかった。もう疲れたんよ、宝玉探しは。それでこの周辺にスライムしか出ないこのぬるい町に居座ってその日暮らしの生活ってわけや」
彼女はそう言って笑った。
「でも、無理があるだろ。その日暮らしって言っても宿代だけじゃないんだろ?」
そう、その日暮らしの生活と言っても宿代だけではなく、最低でも食事代は必要だ。スライムを倒して手に入る金は一円。一体どれだけのスライムを倒さなければならないことか。
「いや、宿代だけでええんや。何でかしらんけど、この世界では腹は減らんからな。食事なんて必要ない。宿代のためにスライム十体倒したら一日のお勤めは終了ってわけや」
なるほど、腹が減らなければ食事代は必要ない。ここの宿代だけ確保すればいいってわけか。
ちなみに、この宿のお代は十円である。あまりの安さにびっくりしたものだ。
「あんたらも宝玉集めに疲れたら無理せんとうちみたいに生活したらええ。宝玉を手に入れられんと体力無くなって、負け組に転生するよりはマシやろ?」
なるほど、一理ある。いざというときのために頭に入れておくか。
――ピリリリリッ!
突然電子音が三つ聞こえた。恐らく、それぞれ三人のスマホからだろう。
(一体何だ?)
そう思いながら、スマホを取り出した。