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4話 お嬢様と言えば世間知らず。そうだよね?

 前回までのあらすじ。俺最強! になって美女に抱きつかれてスライムを倒した! そしてスライムが何か落とした!


 俺はスライムが落とした物を拾うため、歩を進めて落ちたところまで行きそれを拾い上げた。それは現世で幾度と無く目にした物、「一円玉」だった。


 ゲームの世界での通貨は大体 G(ゴールド)だが、この世界での通貨は日本円だ。説明書にそう書いてあった。それにしても一円ってしょぼいな。まあ、俺はデバッグの項目で「所持金MAX」を適用させているから、これから手に入れる金額なんて気にする必要はない。


「あ、あの!」


 女性の声が背後から聞こえてきた。おっと、そうだった。女の人に抱きつかれたんだったな。それも美人の。


 振り返ってその女性に近づくと一円玉を差し出した。


「はいこれ。君にあげる」


 ニッコリと微笑み、お金を渡す。好印象間違い無しだ。


「あ、ありがとうございます……」


 女性は戸惑いながら両手でそれを受け取り、黒い瞳でまじまじと見つめる。


「一ついいでしょうか?」


 女性は一円玉から目を離してこちらに顔を向けてきた。


「はい、何でしょう?」


 俺は笑顔を崩さず答える。


「これって一体何ですか?」


 俺は女性の言葉にズッコケそうになった。


「何って、見ての通りですけど。知らないなんてことないでしょう?」

「いえ、このような物は見たことがございません」


 驚いた。まさか、俺と変わらない歳の子が一円玉を知らないなんて。これがゆとりってやつか。


 まあ、俺もゆとりなんだが、当然一円玉は知っている。


「一円玉ですよ! 一円玉! お金ですよ!」

「えっ、これお金なのですか? お金って偉人の方のお顔が描かれている紙幣だけではないのですね」


 偉人が書かれている紙幣しか知らないだと? いやいや、何の冗談だよ。


「まさか、五円玉も十円玉も知らないとか?」

「知りません。お金って色々な種類があるのですね」

「まじかよ……」


 開いた口がふさがらないとはまさにこのこと。この様子じゃ、五十円、百円、五百円玉も知らないんだろうな。全く、世間知らずのお嬢様じゃあるまいし。


(ん? お嬢様?)


 女性の顔をまじまじと見る。茶色の腰までの長さのストレートヘア。小顔に二重のパッチリとした目。隣の容器で眠っているところ以外でも、どこかで見たような――。


「そ、そんなに見ないでください……」


 見つめられて恥ずかしいのだろう、女性は顔を赤らめ、俺から視線を外した。この赤ら顔が決定打となった。


「思い出した! あんた、『新田美久にったみく』じゃ?」


 新田美久。大企業、「新田商事」の会長、新田義幸にったよしゆきの箱入り娘。一度だけ何かの報道で見たことがある。その時、彼女は恥ずかしさからか顔を赤らめていた。えっと、何の報道だったか……。


「は、はい。その通りです」

「やっぱり! テレビで見たことあるよ。それにしても、俺と同じ所にいるってことはあんたは死んでるってことだ。何でまた?」


 報道を見た限り、病気にかかっているとかそんなことは言っていなかった。となると、考えられるのは俺のように事故にあって死んだと言うこと。


 彼女は悲しそうな顔をした。どうやら、まずいことを聞いたようだ。


「ああ、いや。答えたくないんなら無理強いはしないけど……」

「いいえ、お話します。私が婚姻を結んだ事はご存知ですよね?」


 彼女の言葉で思い出した。そうだ、確かこの人が写っていた報道は彼女とどっかの大企業の御曹司と婚姻を結んだという内容だった。


 俺は「はい」と答えた。


「実はあれ、お金のためだけの政略結婚で私は望んでいないことだったのです」

「そんな、あんなに笑顔だったのに?」


 報道では、彼女も夫も顔を見合わせて笑顔を報道陣に見せびらかしていた。俺はその時報道を見ながら、「ケッ! 金持ちどもが!」と悪態をついたのはここだけの話だ。


「強制された結婚なので、夫に対して愛情がその時は湧きませんでしたが、一緒に生活を送るうちに愛情が湧くだろうと思って頑張って夫婦での生活を続けました。でも、そんなことはなくて……気付けば夫は私に隠れて浮気をしていました」


 夫の野郎、こんな美人を嫁にしておきながら浮気とは……許せん! こちとら嫁どころか、年齢と彼女いない歴が同じなんだぞ!


「私は悲しくなりました。今まで頑張ってきたのは何だったんだろうって……私は自ら命を絶ったのです。そして、気付けば知らないところで目が覚め、女性の方に言われるままに従ってこの世界にいるのです」


 これはまた、悲惨な死だな。今頃現世では企業の奴等と報道関係者の奴等は大騒ぎだろう。


 と、ここで疑問が一つ。


「あれ? 夫婦で生活していたなら買い物とかしますよね? その時に硬化も見ているはずじゃ?」


 そう、夫婦で生活を送っているならば、いくら箱入り娘でも買い物は自分ですることになるだろう。会計の時、硬化を見るはずだ。


「いえ、私が夫のもとに嫁ぐ時にお父様がお手伝いさん達を数名付けてくれました。買い物も家事も全て彼等に任せっきりでした」


 普通そこまでするか? 過保護すぎだろ。


「なるほど。話は変わりますが、この世界にいるのはいつからですか?」

「ついさっき来たばかりです。それで、貴方が倒されたゼリー状の物に襲われて、訳がわかりません……」


 彼女は涙目になったかと思うと、ぽろぽろと涙を流して泣き出した。突然のことに俺はおろおろする。


「大丈夫。大丈夫ですから」


 おろおろしながらこう声をかけることしか出来なかった。無力だ。



 ――――



 「落ち着きましたか?」


 彼女は頷いた。とりあえず落ち着きはしたようで何よりだ。


(それにしても――)


 彼女の格好に目をやる。防具は敵の攻撃を一切防げるような物が付いていない、左足側にスリットが入った青いドレスで、生足を覗かしている。エロい――じゃなくて! とても冒険するような格好ではない。


 そして、武器らしき物を持っていないようだ。


「一つ聞きます。武器はどうしましたか?」

「武器……えっと、『弓』のことですよね?」

「そう、それです。それは一体何処に? 持っていないようですが……」

「あの青いゼリー状の物から逃げる時に落としてしまいました……」


 おいおい、じゃあ今は手ぶらってことか?


「よろしければ、スマホを見せてもらえませんか?」


 彼女は腰に装着されているプラスチック製の四角い容器からスマホを差し出してきた。俺はそれを受け取って上部のボタンを押し、スリープ状態を解いて待受画面を表示させる。


 ステータスなどが表示される。体力ゲージに目をやると、残り僅かであった。あと、魔力ゲージも同様残り僅かである。


(やべぇ、瀕死状態かよ。俺が助けてなかったら死んでたなこの人)


 そんなことを思いながらスマホから目を離し、彼女を見る。


「回復アイテムはあと、どれだけ残っていますか?」


 俺の質問に彼女はキョトンとしたが、何のことか理解したようで「ああ!」と言った。


「それならもうありません。使いきってしまいました」


 なんてこった。この世界では回復アイテムを入手することは出来ない。使いきってしまったということはこの人はこの瀕死の状態で宝玉を探さなければならないということだ。宝玉を手に入れる前に死んでしまうだろう。


(――いや、一つだけ入手する方法があったか)


 俺はスマホを取り出してスリープを状態を解いて、「道具」のアイコンをタップした。フリックして体力を回復させるアイテムを探す。


(あった)


 それを見つけた俺は「回復薬」と表示されている所をタップする。すると、小さな枠が現れ、その枠の中に上から順番に「使う」、「捨てる」、「譲渡する」というコマンドが現れた。


 俺は自分のスマホの裏側を彼女のスマホの裏側に向かい合わせて「譲渡する」のコマンドを選んだ。次に譲渡する数量を選ぶように画面に表示される。俺は「6」と入力すると、「決定」をタップした。


 彼女のスマホの画面を見る。「回復薬が譲渡されました」と表示されている。それを確認した俺は、スマホを彼女に返した。


 彼女はスマホの画面を確認すると、スマホから目を離してこちらを見つめてきた。驚いた様子で、何度も瞬きしている。


「えっ、頂いてもよろしいのですか?」

「ああ、構わんさ。俺はそんなのに頼る必要はないんでね」


 俺はデバッグによって体力が減らない。だから、回復薬など必要ないのだ。


 彼女の顔が明るくなった。


「あ、ありがとうございます!」


 彼女は頭を下げ、言葉を続ける。


「先程一撃で青いゼリー状をの物を倒した時と言い、回復薬を全てお譲りしてくれたことと言い、お強いのですね」


 彼女は目を輝かせながら見つめてくる。目を見るに、お世辞などまったく無い本音であることが伺える。なんと純粋な眼差しなのだろう。


「それで、あの、押し付けがましいことなのですが……」


 彼女の顔が曇る。


「よろしければ、ご同行させていただいてもよろしいでしょうか」


 今の彼女はどう見ても足手まといである。しかし、俺は最強。どんな敵でも一撃で倒せる。つまりだ、彼女が一人いたくらいでは大した重みにならないのだ。


 俺は了承の返事で返した。彼女の顔が明るくなった。


「それじゃあ、行こうか」

「はい!」


 俺は歩き出した。同行者に美人な人妻を加えて。

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