2話 キャラクターメイキング
俺を――そう言やあの女性の名前を聞いてなかったな。俺の前を歩いて先導してくれている女性が両開きの扉の部屋に案内してくれた時。
『どうぞ。支部長がお待ちです』
と言っていたし、支部長でいっか。それでは気を取り直して最初から。
俺を支部長のもとへと案内してくれた女性が、再び俺の前を歩いて先導してくれている。一体どこに行くのかと言うと、ファンタジーの世界へと繋がる部屋へと案内してくれるらしい。
相変わらず金のメッキが施された、丸いドアノブが取り付けられている茶色い扉が両側の白い壁に、等間隔に規則正しく取り付けられている何の個性もない廊下を歩く。歩き続けたその廊下の先に、それは姿を現した。
鉄でできた両開きの扉。女性はその扉の前で足を止めた。その扉の表面にはバルブハンドルやゼロから九までの数字が書かれたボタン、タッチパネルがついている。
「少しお待ち下さい」
そう言って女性はボタンを押し、タッチパネルの上に右手人差し指を置くと、扉からピーッと電子音が聞こえた。それを聞くと女性はバルブハンドルの前に立ち、右回りにバルブハンドルを回してバルブハンドルを持ったまま向こう側へ押した。重いのか、全体重をかけて押している。ゆっくりと扉が開かれる。
セキュリティや扉の重さから、この扉の先には関係者以外は決して立ち入ってはならないのだろう。
「ハァハァ……どうぞ……」
女性が息を切らせながら、扉の向こうへ進むよう促してきた。この人、大丈夫か? なんて思いながら入室する。思うだけだ。声はかけない。
「なんじゃこりゃ」
部屋を見てそう独り言を発する。
部屋は俺がいるところから奥に向かって扇状に広がっていて、大きさは野球のコートほどある。内面は壁、床、天井全てがコンクリート。部屋の隅に見える骨組みは鉄骨と味気ない。そして、作業衣に身を包んだ、作業員と思われる男達が辺りをウロウロしていた。本当にウロウロしているだけだ。作業などしていない。
そんな中ひときわ目を引くのが、中央部に規則的に並べられた大人一人は入る大きさのガチャポンの容器。数はざっと百と言ったところだろう。
そのカプセルの上半分は透明なアクリル板なようで中が見える。人が入っている。カプセルの中で座って寝ているようだ。そのガチャポンの容器一つ一つからケーブルが出ていて、それら全ては現在俺がいる部屋の出入り口の隣に設置されているプレハブ小屋まで伸びている。
――プシュッ
勢い良く空気が漏れたようなそんな音が聞こえた。見ると、ガチャポンの容器が並べられている最前列、左から二番目の透明なアクリル板と銀色の金属部の境目、ちょうど容器の半分のところから煙が発生し、そこが炊飯器の蓋のように開いた。作業員が一人、その容器へと駆け寄る。彼が担当している容器なのだろう。
中に入っていた男性が目を覚ましたようで、起き上がった。すると突然男性は容器から飛び出して走りだした。
「誰か捕まえてくれ!」
作業員は声を上げて男性を追いかけ始めた。その声に反応して残りの作業員達も、男性を捕まえんと追いかける。
一対複数だ。男性はあっけなく捕まった。それでも男性は暴れるが、作業員達が押さえつけてズルズルと引っ張ってこちらに向かって来る。部屋の外へ連れて行くのだろう。俺はじゃまにならないように横に避けた。
「嫌だ――負け組人生なんて嫌だー!」
男性は涙と鼻水で顔を汚し、そう叫びながら部屋から連れ出されて行った。
「『宝玉』を手に入れられなかったようですね」
女性が言った。
「宝玉?」
「ええ。支部長が言っておられたでしょう? 転生先の人生で勝ち組、負け組を決めるあるもの」
『宝玉』。それが支部長の言っていた勝ち組、負け組を決めるあるものか。
「これから貴方にはそれを手に入れられる世界に行っていただくのですが、その前にその世界についての説明や準備を行います。付いて来てください」
女性はプレハブ小屋に向かって歩いて行った。どうやらあの小屋で説明と準備やらを行うようだ。俺は女性の後を追った。
――――
プレハブ小屋の中は質素だった。部屋の中央にはパイプ椅子が一つと会議などで使われる長いテーブルが置かれ、そのテーブルの上に雑誌が一冊置かれている。そして奥にデスクトップ型のパソコンが一つ、事務用の机の上に置かれていた。
女性はと俺はパソコンのところまで歩を進めた。女性は回転式の丸椅子に腰掛け、起動用のボタンを押しパソコンを起動させる。一瞬で画面に光が灯ったことからスリープモードにしてあったのだろう。女性はキーボードのキーを叩き始めた。小屋の中に軽快なキーボードのタイプ音が響く。
時間にして一分もかからない頃、女性はキーを叩くことを止め、丸椅子から立ち上がった。
「さあ、どうぞ。お掛けになってください」
俺は言われるがまま丸椅子に腰掛け、画面を見つめた。そこには西洋の軽装化されている甲冑を着た3Dモデルのマネキン映しだされていた。
「今回貴方に行って頂く世界はコンピューターによって作り出された仮想現実、MMORPGと呼ばれるジャンルのゲームの世界です。西洋の怪物と魔法が存在するファンタジーの世界となっております。そこで貴方にはその世界に存在する、『宝玉』と言うアイテムを取って来ていただきます。その世界に行く前に今からキャラクターメイキングを行っていただきます。とは言いましても、貴方が設定なさるのは初期の武器と防具だけ。マネキンの隣に二つの矢印があるのが確認できますか?」
確認できる。マネキンの顔のすぐ横と身体の横に大きな矢印がある。
「それをクリックしていただくことで初期の武器と防具を変更できます。武器は五種類、防具は三種類です。私は後ろの椅子に座って待っていますので出来たら呼んでください」
女性はそう言うと俺から離れ、後ろのテーブル近くの椅子に腰掛けて机の上に置いてあった雑誌を手に取り読み始めた。完全放置のようだ。まあいい、とにかくキャラメイクだ。俺は画面に向き合った。
矢印をクリックして一巡してわかったのは、武器は剣、槍、弓、斧、棍棒。防具は軽装化された甲冑、騎士が着る全身を覆われた甲冑、防具が何もついていないただの服と言うことだ。さて、どうしたものか。
武器について素人は勇者に憧れて剣を取るのだろうが、実用性で言えば槍、斧、棍棒だろう。槍と斧はリーチが長いし、棍棒は短い木の棒なので攻撃も素早い。弓は他にパーティーがいてこそ力を発揮する武器。論外だ。
さて、この三つに絞ったわけだが、斧はやめておいたほうが良さそうだ。仮想現実ということは俺が手に持つと言うこと。重くて振れないなんてことになったら目も当てられない。残ったのは槍と棍棒。
(リーチと攻撃の素早さ。どっちを取るか、悩むな……)
俺はマウスのポインターを画面右下に置いた。これは俺の癖だ。迷ったり考えこんだりする時、いつもポインターをここに置く。その時、あることに気付いた。
(ポインターが矢印から人差し指になってる?)
画面右下のポインターが人差し指になっていた。つまり、ここにリンクが貼られていると言うこと。俺はクリックした。
すると現れたのは、真っ暗な背景に、左上に白で「デバッグモード」と書かれた言葉の下に「on」「off」と書かれ、更に一行開けて注意書きらしきものが書かれ、その下に「戻る」という言葉が書かれたリンクが貼られているページ。「on」と「off」それぞれの隣にチェックボックスがあり、「off」の横にチェックが入っている。
瞬時でデバッグモードの切替画面であることに気がついた。
デバッグモード。ゲームのバグや欠陥を見つける仕事をする人達、通称デバッガーと呼ばれる人達だけが使うことを許された機能。操作キャラのステータスの変更や武器や防具、道具などの増減が行える。市場に売り出されるときには操作出来ないようにされているのだが、中にはある操作によって使えるように設定されているものもある。
俺はゲーム内でデバッグモードを見つけても使わない派だ。だってデバッグモードは何でもあり、どんな相手も一撃で倒すことを可能にしてしまい、攻略に必要な道具も一瞬で手に入ったりと面白さが無くなってしまう。使うとしたらクリアしてからだ。
そんな俺だが、今だけは違う。こちとら日本での次の人生がかかっているんだ。面白いもクソもあったもんじゃない。俺は後方を確認する。デバッグモードの切り替えを気付かれていたら「off」の方にチェックを入れるように指示をされるだろうからだ。女性は雑誌に夢中でこちらに気づいていないようだ。しめしめ。
俺は「on」の横のチェックボックスにポインターを持って行き、クリックした。「off」の横のチェックボックスからチェックが消え、代わりに「on」の横のチェックボックスにチェックが入る。
さて、後は注意書きらしきものを読んでから戻らないとな。何々?
『ゲーム内でのスマートフォンの電源を落とすか、再起動させるとデバッグモードは解除されます』
なるほど、ゲーム内ではスマホがあって、その電源を落としたり再起動させると解除ね。俺は「戻る」と書かれたリンクをクリックした。するとデバッグモードを切り替える画面から元のキャラクターメイキング画面に戻る。
デバッグモードがあるなら適当でいいや。武器も防具も何もかも手に入ることだし。
「すいません。終わりました」
振り返って女性に声をかけた。女性は雑誌を閉じて机に置き、立ち上がってこちらに近づいてくる。
「お疲れ様でした。ちょっと失礼します」
女性は俺をどかし、丸椅子に腰を掛けると再びキーを叩き始めた。しばらく叩いた後、画面を注視する。注視した後、女性は立ち上がった。
「それでは世界に案内します。付いて来てください」
女性は小屋の出口へと歩いて行った。俺はその後を追う。
――――
案内された先は、百はある大きなガチャポンの容器の内の一つだった。透明なアクリル板に「96」と番号が振られている。それにしても「96」だけに苦労するってか? 縁起でもない。
容器の半分より上が炊飯器の蓋のように開く。
「それではこの中にどうぞ。蓋を閉めるとすぐに睡魔が襲います。そして気付いた時にはあなたは仮想現実です。健闘を祈っていますよ」
容器の中に足を踏み入れた。その時、隣の容器の中に目が行った。
綺麗な顔をした女性がドレスを纏って容器の中で眠っていた。俺と同じ二十代前半ぐらいだろう、あの歳でこんな所にいるとは可哀想に。
容器の中に収まると、すぐに容器は閉められた。瞬間、睡魔が襲い、俺は闇の中へと落ちていった。