12話 それから
木々が生い茂る森の中、現在木の陰に身を潜めてあるものを観察している。そのあるものとは、若い男女のペア。ペアの内、男性はごく平凡な顔だが、女性は整った顔、つまり美女だ。ただの美女ではない、今まで見たことのない程の絶世の美女。
男性が先頭に立ち、辺りを警戒しながら女性を守るようにして歩いている。何に警戒しているのか? 恐らくモンスターだろう。
(すまない……)
心の中で男女に向かって謝罪すると、スマホを取り出してスリープモードを解除。待ち受け画面の「D」とだけ書かれたアイコンをタップした。一面黒色の飾り気のない背景に、メニューが表示される。
その中の「デバッグ戦闘」と表示された所をタップする。新しいメニューが表示された。「スライム」や「ゴブリン」など、モンスターの名前一覧が表示されている。
画面をフリックしてページを送り、「オーク」の名前を見つけるとそれをタップした。男女の目の前に棍棒を持った人の倍はある大きさの巨人、オークが現れる。
「きゃあっ!」
女性が悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。一方男性は、素早く腰の鞘より剣を引き抜くと、両手で持って構える。男性の上半身だけ見ると勇猛に見えるが、足に目をやるとガクガクと震えており、何とも頼りない。
オークは棍棒を振り上げた。二人を叩き潰すためだ。現在、この世界にいる全てのモンスターは、相手を一撃で倒せるほどに異常な強さになっている。このままだと二人は、一瞬にしてこの世界から消え去ることだろう。
さて、助けに行こうか。
「危ない!」
俺は木の影から飛び出して一直線にオークのもとへと走り、槍の穂先をオークの体へと突き刺した。瞬間、撃破したことを知らせる効果音とともにオークは消滅し、千円札が二枚地面へと落ちた。
「大丈夫か?」
千円札を無視して、男女に向き直った。男性は構えを解き、女性はゆっくりと起き上がる。二人とも、今の出来事に驚いたような表情をしている。当然だ、異常な強さのモンスターを槍の一突きだけで倒したのだから。
「あ、ありがとうございます!」
男性はそう言って頭を下げた。女性も何も言わなかったが、男性に続いて頭を下げる。
「顔を上げてくれ。二人とも何事も無いようで何よりだ」
我ながら、何が「何事も無いようで何よりだ」、だろうか。襲われる原因を作ったのは俺だと言うのに。
二人は顔を上げた。二人は安堵の表情を浮かべており、俺に対して敵対心がない事が伺える。そんな表情を見せないでくれ、罪悪感で胸が痛い……。
「とにかく、ここは危険だ。安全な所を知っているから、付いてきてくれ。案内する」
――――
二人を引き連れて森の中を進むこと数十分、大きな鉄格子の門の前へと辿り着いた。鉄格子の隙間から向こうの方を見ると、大きなお屋敷が見える。鉄格子の両側にはコンクリートでできた周りに生えている木々と同じ高さの塀がそそり立ち、お屋敷を囲んでいる。
一歩踏み出し、門にぶつかるすぐ近くに立つ。すると、門は中央から自動で屋敷側に向かって開いた。中世ヨーロッパの時代を再現しているこの世界には似つかわしくないハイテクだ。
門を超えて塀の中、屋敷の敷地内に侵入する。
「さあ、入って」
振り返って二人を入るように促す。二人は呆気にとられて門や壁などを見ていたようだが、俺の声に我に返ったようでこちらに近づいて来た。
二人は敷地内に足を踏み入れようとしたその時、女性はなんてことなく敷地内に侵入できたのだが、男性は見えない壁にぶつかり、敷地内に侵入できなかった。思いっきり顔を打ち付けたようで、両手を顔に当てて痛みをこらえている。
実はこの敷地には俺ともう一人の男以外は入れないようになっている。入ろうとすると今のように見えない壁に阻まれるのだ。
「どうかしましたか?」
女性がこちらを覗き込んできたが、すぐに視線を俺が先ほどまで見つめていた門の方へと向ける。そこには見えない壁をたたき、必死な形相で口を大きく動かしている男性の姿があった。
「何でもない。行こう」
「はぁ……?」
促すと女性は男性を気にすることなく、門に対して背を向けた。なんと薄情なのだろうと思うだろうが、実は彼女には男性の姿が見えていない。
女性はこの敷地内に足を踏み入れた瞬間、俺ともう一人の男以外の男は認知できなくなる。更に言うと、俺ともう一人の男以外の男に関する記憶を失う。
そして、この敷地内は外からの音を完全にシャットアウトしている。外にいる口を大きく動かしている男性は恐らく吠えているのだろうが、シャットアウトしている為にこちらには声が届かない。
以上のことにより、女性は男性に対して認知できないのだ。
男性を敷地の外に放置したまま、屋敷に向かって歩いた。残された男性は今後、この世界でどうなるのかは知らない。モンスターに会って倒されるか、はたまた宝玉を手に入れるか。俺は心の中で男性に対して健闘を祈った。
――――
女性を引き連れ、屋敷の廊下を歩く。今から女性をとある部屋に連れて行くところだ。そこではある者が引き連れている女性を待っている。
やがて、その部屋へと続く扉の前にたどり着いた。両開きの茶色い扉。その扉に三回ノックをした。
「入れ」
中から声が聞こえた。それは男性のものであり、聞き覚えのあるものであった。
俺は一言「失礼します」と声をかけると、扉の内、片方を部屋の方へと押して開けた。部屋の光景が目に飛び込んでくる。その部屋は、床一面に赤い絨毯が敷かれ、部屋の中央に大きな天井付きのベッドが置かれている。
そのベッドの上、醜い豊満な腹を露出させている下着以外身に着けていない男があぐらをかいて座っていた。足利勇太だ。
勇太は俺の脇にいる女性の姿を確認すると、ニヤリと口角を釣り上げて気持ち悪い笑みを浮かべた。
「さあ、女。こっちに来い」
勇太は手招きする。その姿は、マンガやドラマなどで登場する女を抱こうとする、意地汚い成金のおっさんそのものだ。
ここで女性に目を向けた。ベッドに下着しか身に着けていない男、そして気持ち悪い笑みに自分に近づくように誘導する言葉。女性は今から何をされるか察したようだ。急いで踵を返し、この場から逃げ出そうとする。
俺はとっさに女性の腕を掴んだ。
「いやぁっ! 離してぇっ!」
女性が叫ぶ。俺の腕を振り払おうと、掴まれていない手で俺の体を殴ってくるが、全く痛くない。
「すまない……」
女性に対して、心の中で言ったのを入れて本日二度目の謝罪だ。女性の腕を掴んだまま引きずって勇太のもとへと向かう。やがて勇太の近くに辿り着くと、勇太はベッドから降りて俺が掴んでいる女性の腕を掴んだ。
「ひっ……!」
勇太に掴まれた瞬間、女性の掴まれている腕がピクッと反応する。俺は掴んでいた女性の腕を離した。
「正和、よくやった。扉の外で待っていろ」
俺は勇太に一礼した。顔を上げたその時、女性と目が合う。両目から涙を流していた。
「た、助けてっ……!」
俺は女性の声を無視して、踵を返して扉へと向かった。そんな俺に対して女性は何も声をかけてこなかった。廊下に出て扉を締める。
「いやぁっ……!」
再び聞こえてきた女性の叫び声。俺は扉近くの壁に背中を預けて天井を見上げ、目を閉じた。今、部屋で何が行われているか? 密室でベッドの上で男女二人となったらあれしかない。
(何でこんなことになった……)
今現在に至るまでのことを思い出す。あの日、今から約一年前、俺は奴、足利勇太に敗れた。デバッグの力を持ってしても勝てなかった。敗れた俺に勇太は言った。
『この世界から消してやろうと思ったが、俺様の下僕となるならこの世界に残してやる』
俺は奴の提案に乗って下僕になることを選んだ。宝玉を持っていない状態でこの世界から去ると、次の転生先の人生は負け組。それは避けたかった。ならばと、屈辱でも奴の言いなりになってこの世界に残った。この世界に残っていれば、どこにあるのかは知らないが、宝玉は手に入り勝ち組に転生できるからだ。
下僕になることを聞いた奴は早速、プログラムモードを駆使してこの屋敷を作りあげた。モンスターも、俺と奴以外の男も侵入、破壊することができないこの屋敷を。はじめは城を立てる予定だったらしいのだが、奴は堪え性が無いらしく、建てるためのプログラム情報量が莫大で面倒くさいと言うことで屋敷になった。
奴はハーレムを作ると以前に言っていた。そのためには女性が必要。その女性を集める役を、奴は俺に与えた。集める女性の条件は、十八歳から二十歳までの美人。美人は美人でも、今まで見たことがないと言う程の美人である。
俺は、一年前から屋敷近くの森で条件の女性を集めるように命を受け、女性を探し続けた。何故屋敷近くかと言うと、すぐに屋敷へ連れ込めるからだ。
奴が提示した、今まで見たことがない程の美人な女性の探索。狭い範囲、無理がありすぎる条件により、発見は困難を極めた。しかし今日、奇跡的に見つけることができた。それが、彼女であった。
扉が開け放たれた。勇太が満足そうな顔をして部屋から出てくる。衣類は身につけてあった。
「いやー、満足満足。あんな綺麗な子で童貞を捨てられるとはな」
勇太は豪快に笑う。
「しかし、一年でようやく一人か……よし、正和。明日からは条件を下げて普通より上の顔の女を連れて来い」
俺は何も言わずに、ただ頭を下げた。そんな俺の隣を、奴は通り抜けて行った。
片付けをするために部屋に入る。ベッドの近くに衣類が散乱している。連れてきた女性の物だ。ベッドの上では女性がシーツで全身を包んでいた。女性のすすり泣く声が聞こえる。
俺は歩を進めてベッドへと近づき、女性を見つめる。
「今日からここがあんたの部屋だ。この屋敷の中は自由に移動してもらっても構わない。ここから逃げようと思っても無駄だ。この屋敷に足を踏み入れてしまった以上、二度と出られないようになっている」
女性はシーツの間から睨みつけてきた。殺してやると言わんばかりの目つきだ。
俺はそんな視線から逃れるように下を向いた。




