翡翠の事情
同時刻。エルフの国、シャフルー領にて。
特別編制隊<ホープ>の隊長<グラムベル>は、ユニティとシャフルーの国境線近くに11人程の部下を連れ向かっていた。
近頃シャフルーとユニティの国境線近くで活動が活発化している、シャフルーの盗賊団を討伐する為だ。
ふと後ろを振り向く。
背後には不安げな顔色の部下達が、自分にすがるような目を向けながらついて来ている。
怯えるのも無理はない、…当然だ。
数百年の間シャフルーは戦争が起こらなかった。
部下達は実戦をしたことがない、訓練だけだ。
それに比べて盗賊団の連中は実戦に…殺しに慣れている。技量はこちらの方が上のはずだ、しかし…
命を奪ったことがあるか無いか。
その差は戦場にて生死を分ける程重要な物だ。
グラムベル自身も若い頃に警備兵として村を警備中、盗賊団に出くわした事があった。
自分達は十分訓練を積んでいたが…本物の死に直面したとき、手が震えた。力が入らず、涙が出てくる。
その結果…自分以外の同期の仲間は、死んだ。
自分も増援が来なければ死んでいただろう。
…今でも覚えている。
始めて殺した相手の顔を。
他の種族に比べ、エルフは本能的に生き物を殺害することを拒む傾向があるという。
だから軍人になるのなら一度、箍を外す必要があるのだ。
シャフルーの未来を背負う士官になるであろう、自分が今率いている部下達の命に対する箍を外さねば、ユニティを相手に戦争をするのは難しいだろう。
指揮官は常に冷静で、勇敢で無ければならない。生き物を殺した程度で動揺しているようでは、士気に悪い影響をもたらす。
人間族の兵士は、大抵死に対する耐性を持っているらしい。
人間族の兵卒が死を乗り越えるために行っている訓練は、エルフにはとても語れるものではないと内通者は言っていた。それほどに凄惨な物らしい。
更に、人間族には産まれながらにして天賦の才を持つ個体を希に産み出す、という特徴があるのだが…戦いに関しての才能を持つ者の中には、命を奪うことを快感に感じている者までいるらしいのだ。
…やはり下劣な種だ。
人間族に対しての怒りが沸き上がるが、なんとか抑える。
暫くして、目的の国境付近についた…のだが、いきなり悲痛な叫び声が付近に木霊する。
部下達が一斉に腰に据え付けてある剣を引き抜き、一人がヒステリックな声でグラムベルに指示を仰ぐ。
「た、隊長!悲鳴が!民が襲われているんじゃ…!?我々はどう動くのでしょう!や、やはり突撃ですかぁ!?」
「うん、襲われているのは民だけど…落ち着きな?
襲われているの民はシャフルーの民じゃない、ユニティの民だよ。声の発信源を探れば解ることだから…ね?」
部下達は緊張していたからか、声の発信源を探ろうとしていなかった。更に言えば声質に注意を払えば、発信源を探るまでもなかったのに。
エルフ族の声質ではなく、人間族特有の声質。発信源も探れば答えは簡単に出る…襲われているのは人間の村だ。
案の定歩を進めると、エルフの盗賊団に襲われている人間の村を目視することができた。
さて、…どうするべきか。人間を救援する選択肢は絶対に無いが…グラムベルが決めかねていると、村に急速に接近する影を見つけた。
服は灰色のクロークを着ているため、よくわからない。顔も仮面で隠しているが…
影が不意に、大きく跳躍して村の中央に勢いよく降り立つ。着陸した後、影がクロークと仮面を投げ捨て…
グラムベルの背筋が凍る。
「ユニティ領に…獣人…!?」
部下達からも困惑の声が上がる。
…予想外の出来事が…獣人か。只者では無いことはオーラからわかるが…アイツが連邦の指金なら、余計なことはするべきではないな。
そう判断したグラムベルは動揺している部下達に待機を命令し、事の顛末を観察することにした。