錆の女神
ユニティと連邦との国境線付近は、非常に廃れている
理由は連邦からやってきた略奪目当ての荒くれものや、連邦の兵士とユニティの兵士の戦闘が毎日絶え間なく続いている為だ。
更に戦闘が激しい場所は死体が多く放置されており、その為にアンデットやゾンビといった不浄の者が出現しやすくなっていて、そのアンデット軍団が生者の魂を求めて両国の町を襲うことがあるほどだ。
アンデット討伐の方が現在は優先事項になりつつある箇所もあり、兵の犠牲も馬鹿になっていない。
そして、アンデットが非常に多く、連邦もユニティも兵を出さなくなった場所…<ビザルカス平原>にリドは配属された。
理由は、最近ビザルカス平原を担当していたユニティの騎士(上級軍人)がアンデット殲滅作戦中に死亡。ユニティはビザルカスに新たに配属する騎士を探そうとしたのだが、皆拒否。そこで最近ネメシスの一人を訓練で病院送りにしてしまった、色々と問題児のリドが送られることになった。任期は三ヶ月。
…まあ、部隊を率いる前にこういう経験を積んでおくのも悪くないだろう。そう自分を慰めた。
そして配属の日。馬車でビザルカス付近の拠点<イエルハム>に向かう途中、同じ馬車にのっていた若い軍人数名に獣人になった経緯を聞かれた。
俺は流石に盗賊云々の所は不味いと判断して、盗賊団に所属していたのではなく自警団に所属していた事にした。黄金の剣も誕生日に自分用の新しい剣を買った際に事件に巻き込まれた、という風にした。
幸い何人かは信じてくれたらしく、以前よりフレンドリーになってくれた。
その後他愛の無い話をしながら時間を潰していると、ゆっくりと馬車が止まった。目的地についたらしい…
馬車のドアをあけ、外に出る。
…正に荒廃した土地、といった感じだ。草の根生えておらず、どこもかしこも一面灰色だ。
辺りを見回していると、拠点の門が開いて出迎えの警備兵が出てきた。
その後俺は命令通りにイエルハムの執務室に向かい、執務室の扉をノックする。
報告によると俺が来るまで仮の担当者が執務室で指揮を執っているとの事だったので、引き継ぎ報告をする必要があった。
「…だ、誰でしょう?」
女か。
「本部から来た新任担当者だ。
引き継ぎ報告をしに来た。」
「あ、はい…ど、どうぞ。」
ドアを開け、中にはいる。
中には地味な服を着ている、黒いロングの髪の背の低いやつれた若い女が座っていた。
名は<リリィ・イエルハム>というらしい。
彼女の父がここを担当していた騎士だったらしく、それが理由で新しい担当者が来るまでの仮の担当者に指名されたらしい。そして、この後俺の任期の三ヶ月間の間秘書として補助をしてくれるそうだ。
簡単な執務の内容を教えてもらい、早速始めていく。
…といっても殆どが人事や武器に関してなので、そこまで量は多くないのが救いか。
さて、このリリィという女。補助をしてくれるのはいいが、毎時怯えた顔をしている。…俺の顔が怖いのは解るが、どうも癪に障る。
必要な時は呼ぶのでそれ以外の時はこの部屋から出ていって欲しいと言ってみた。
「え、あの…ちょっとだけ待ってください…数日だけでいいんです…」
…気のせいならいいが、執務室の前に複数の人間がいる気がする。
「何故だ。…何か企んでるのか?俺を殺そうっていう腹積もりでも?」
少し鎌をかけてみる。
俺が獣人であることや、イケメンのネメシス、ババリシアを病院送りにしたことから恨まれていても不思議ではないだろう。
それに獣人相手なら何をしても許される、と考えていた馬鹿は実際何人もいた。この女もビビりに見えて、実は…
俺はこの時疑心暗鬼に半ば陥っていたのだろう。
実際に、セスラ以外の人間が全員悪意を持って俺に接してきているように感じ始めていた程だった。
「ち、違います!ただ、私は…」
「ただ、何だっ!!」
睨み付け、激しい剣幕を見せ威圧する。
「わ、私は……ひぐっ…」
…あ、泣いた。
リリィが泣き始めると執務室の扉が蹴り開けられ、恐らくこの拠点の兵士達であろう男や女が大量に押し掛けてくる。
やはり襲撃か…!
咄嗟に鉄の籠手を装備し、威圧しながら拳を構える。
しかし、兵士たちの反応は予想外のものだった。
「「よくもリリィを泣かせたなぁぁ!!」」
最低!クズ!ロクデナシ!阿呆!バカ!獣畜生!
兵士達が一斉に馬鹿みたいに俺を罵倒し始めた。
…は?
ポカーンとしている俺に、大泣きしてるリリィを慰めながら俺を罵倒する兵士達。
意味がわからず混乱している俺の前に、細身の執事のような服装を身に付けている青年がそっと近寄ってきて耳打ちしてくれた。
リリィはこの拠点の兵士達にとって、女神のような存在らしい。
リリィがこの拠点に来てからは、食糧難の時に届け人不明の食糧が大量に送られてきたり、拠点内で流行りの病にかかった人がでた時には、特効薬の様なものが差出人不明で届けられたりしたそうだ。
他にも、様々なことが起こるらしい。
リリィ自身も治癒の魔法を使える上、自分の<歌>に治癒の効果を付与することができるという、治癒に関しての特殊な才能を持っているとのことだ。
それに…とてもいい子らしい。
「それで、慕われてるのか。…この兵士は俺からこの女を守るための騎士様方ってことか?」
青年は少し怒ったような顔になり、また耳打ちしてくれる。
リリィの母は獅子の獣人に殺された。だがリリィは獅子の獣人のリドとも仲良くなりたいと考えていて、リドに頑張って話しかけられるようにしっかり練習までしていたそうだ。
リリィの態度の理由が理解できた。
出ていけと言った時の反応、そういう事だったのか…
怯えていた理由も納得できる。
…酷いことをしてしまったな。
少し青年に相談してみる。
「…彼女は許してくれるだろうか?」
「ええ、リリィは優しいですから…でも、あんまり怖がらせ無いようにしてください。彼女が悲しむ姿はもう…」
…リリィの方を見る。
兵士達は察してくれたのかリリィから一旦離れ、心配そうにリリィを見つめる。
リリィは涙を拭き、こちらをしっかりと見つめている。
「…すまない、事情も知らず。」
頭を下げ、謝罪する。
「こちらこそ…ごめんなさい、不快にさせてしまって…」
リリィも謝罪してきた。
「いや、悪いのは俺で…」「いや、私です…」「俺だ、俺が変に勘ぐったりして…」「いえ、本当に悪いのは私です…ずっとおどおどしてて…」「いや、俺だって…」「いや、私が…」
そんな問答が数度続く。ここで引けば、兵士達からの印象が悪くなるかも知れない。俺に非があることを認めさせなければ…
そう思い、強く言い放ってしまう。
「だから、俺が悪いって言ってるだろう!」
「いいえ、悪いのは私なんです!だから!!」
問答が喧嘩に変わる。
何度も何度も言い返しあっていると…
ふと、笑い声が部屋に響いた。
俺とリリィははっとなり、辺りを見回す。すると、兵士達が微笑ましいものを見てるいるような、はたまた呆れてるような笑顔で笑っていた…。
…仲直りは出来たが、着任早々部下になる兵士達に早々恥ずかしいところを見せてしまった。
けど、こういうのもいいかもしれないな。
こういう暖かさは…好きだ。




