金剛石の原石
約束の日、野外の訓練場にて。
観客席には多数の見物人がいる。
ほぼ全員がババリシアの応援だ。
俺に何故か優しくしてくれているとある軍属の子から聴いたのだが、どうやらババリシアの取り巻きがネメシスの人間は異種族よりも強い、という所を皆に見せるためにこれだけの数の観客を呼んだらしい。
俺が勝つと思っている人間は少なく、賭け事さえ起こっていない。
かなり不愉快だ。以前は勝てると思ってなかったとはいえ、流石にここまで贔屓されては…全力で叩き潰したくなるが、頭に血が上っている状態で戦うのは禁物だ。セスラにも忠告されている。
今回はババリシアからの提案で、実践になるべく似せた装備で戦うことになっている。
ルールは簡単。時間内に敵を降参させれば勝ち。制限時間がすぎるか、レフェリーからのストップがかかるかしたら判定により勝敗が決定される。
ババリシアの装備は石製のロングソードと小さな軽い盾に、白銀のフルプレートアーマだ。武器以外は実践用の物を使用していて、剣の重さは実物に極力合わせてあるとのことだ。
ババリシアの装備はどれも強力で、魔法が付与されている装備品ばかり。
話に聞くには、戦場に出る際にも滅多につけない装備品も惜しみ無く装備しているらしく、こちらへの深い殺意が伺える。
対して俺の装備は巨大な石製の斧に小型の石のダガーナイフ。そして、魔法なんて当然付与されていない皮鎧だ。
装備の差も歴然としているが…
セスラの言葉を思い出す。勝算はあるのだ。
…訓練場の中央に進む。
ババリシアも同じく。
両者武器を構え…
試合開始のベルが今鳴り響く。
ババリシアが動く。
その外見からは想像できないほど、滑らかに動いて軽い剣激を放ってくる。魔法の鎧の効果だろうか?
「ふぅっ!」
だが、この程度の攻撃なら訓練で何度も受けた。リドは斧をうまく動かし、剣激を受け流していく。
「っ、はぁっ!」
それを見てこちらの体勢を崩そうとしたのか、ババリシアが鋭い突きを繰り出そうと構え…
「オォォォォッッ!!!」
鋭い咆哮が空を切り、ババリシアの体が軽く吹き飛ぶ。ババリシアの背後にいた観客も数名バランスを崩し…
セスラからの提案で使えるようにしておいた咆哮だ。
獅子人の咆哮はかなり強い。
恐らく軽量化の魔法は付与されているとはいえ、鎧をつけたババリシアを吹き飛ばせるほどのものだから。
そして体制を一瞬崩したその隙を、リドは見逃さない。
「ゥゥッ!」
斧を片手で構え、突きを繰り出す。簡単に剣で流されるが、今度は蹴りを繰り出し脇腹を攻撃する。
鎧がダメージを吸収するが、気にせず今度は左手で殴る。
今度はスウェイでかわされるが、右手に持っていた斧を手放しババリシアの兜を鷲掴みにする。
「放せっ!」
ババリシアは膝蹴りを撃ち込んでくるが、予想内だ。
本来なら鋭い痛みが腹部を襲ってくるだろうが、幸いにもこの体は痛みを感じにくい。そのまま強引に兜を掴んだまま身体を回転させ、大きくババリシアを振り回す。
ババリシアは剣を降り、リドの体に打撃を加えようとするが…手を小刻みに動かしてババリシアの脳みそを揺さぶっていく。
そしてそのままの勢いで、直上に思いきり放り投げた。
暫くし、ババリシアは地面に激突する。
受け身はとれたようだが…
身体を若干揺らしながら立ち上がり、剣を構えようと…
が、既にリドは動いていた。ババリシアが落ちてくる地点を予想し、蹴りを食らわそうとしていたのだ。
…獣畜生と呼ばれるなら野性的かつ、容赦なく攻めたててやる。
鋭い反応で盾を構え防御するババリシアだが、盾ごと蹴りつけ数歩退かせる。
リドは素手のままでババリシアに肉薄し、密着しながら乱打を放っていく…
何故ババリシアが苦戦しているか。それはババリシアの剣にある。
ババリシアが戦場で装備しているのは自在に剣の長さが所有者の意思によって変化する、聖剣<グリム>。ババリシアはそれに慣れすぎていた。
いまのババリシアが装備しているのは訓練用のロンソード。長さが変わってくれるわけが無い。
それに対してリドは、素手だ。
実はあの斧は間合いを勘違いさせる為だけに持ち込んでおり、実際はいつも籠手を装備して訓練していた。
つまり…間合いと体格からして、有利なのはリド。
ちなみに斧の件も、ババリシアの間合いをリドに教えたのはセスラだ。
ババリシアはセスラも自分を愛してくれているものだと思っていたらしく、リドに不利な情報を吹き込むと確信していたらしい。
セスラは「阿呆な弟でなー…ウチはアイツの事嫌い。ストーカーみたいでなんか嫌やし!」と言っていたが…
…こんな理由で有利にたつのはなんとも言えない気分になるが、かといって手加減する気は更々無い。
「おおおおおおっ!!!」
怒濤の連打を放つ。
ババリシアの盾を弾き、鎧をひたすら殴る。衝撃がババリシアに届き、苦しみの声が聞こえる…リドの拳も裂け、血が流れ出ているが問題ではない。
ただ、殴打していく。
そして乱打の末、ババリシアが大きく体勢を崩し…
鈍い音が響き、ババリシアが崩れ落ちる。鋭い一撃がヘルムに浴びせられ、衝撃でババリシアは気絶してしまったのだ。
…恐らく最愛の姉を、一方的とはいえ信じていたのだろう。彼からしたら裏切られたも同然の行為をされたことを悟ってしまい、動揺していたのかもしれない。
降伏するか、レフェリーの合図がなければ試合は終わらない。ババリシアの兜を掴み、レフェリーを睨む。
唖然としていたレフェリーが試合終了の合図を送り…
勝者はリド。
…観客は完全に沈黙していた。
それもそうだろう。端から見たら人間側の最大戦力の一角が、タイマンで異種族の獣人に負けたのだ。
不穏な空気の中、俺はセスラの元へゆっくりと向かう。
空気など知るか、思いっきり抱き締めてやろう。




