プロローグ
思えば、酷い人間だった。
俺の名前はリド。
子供の頃の事は少ししか覚えていない。
親の顔さえも、知らなかった。
覚えてる事と言えば…奴隷としてどこかに売られた時の記憶と、奴隷生活を抜け出すために誰かを殺し、金を奪って逃げた時の事ぐらいだった。
何で抜け出そうとしたかは覚えてないけど…どれも思い出と呼ぶには汚すぎる代物で、特に始めて殺しをした時の事は早く忘れたい記憶筆頭になってる。
生き物が死ぬと、まるで人形みたいになる。
ガラスみたいな目で、俺を虚ろにじっと見つめる彼女の顔は脳裏に焼き付いてる。彼女の名前は忘れたけど、死ぬときに小さな声でリド…って呟いた事は覚えてた。
その日から、俺の名前はリドになった。
逃げ出した後の事は鮮明に思い出せる。
奇跡的に盗賊団に入団することができた俺は、雑用係として沢山働いた。けど、同僚とはあまり打ち解けられなかった。
成人した後は正式な盗賊団員として働き、俺の働きがやっと頭に認められてからは食事もずっとましな物を食べさせてもらえるようになった。始めて肉が入ったスープを見たときには涙が出そうだった位に、酷い物しか食べてなかったんだ。
そんな日々を目的もなくただ過ごしていた。あの日までは…
…その運命の日、俺は一人で大きな町へでかけた。
理由は簡単だ、娼館へ行こうと思ったからだ。半年に一度の楽しみだったから、とても楽しみだった。
けど…一番大事な財布の中身がすっからからんだったと気がついた時は、この世の終わりみたいに俺は悲しんだ。
一昨日にギャンブルで大敗し、金の大半を失った事を俺は今になってようやく思い出したんだ。このままなにもできずにアジトに帰ると仲間に馬鹿にされるってことも、同時に容易に想像できた。
それは嫌なのでなんとしても娼舘に入ろうと俺は躍起になった。
うんうん唸ってどうするか考えていると、名案が不意に浮かんできた!早速俺は町の裏路地へ向かった。
奪えばいいのだ。なければ、あるものから!
俺は裏路地にいた気の弱そうな男に声をかけ、金をほんの少し<借りた>。気の弱そうな奴を少し脅かすと、大抵の奴は金を差し出して逃げていく、と同期の仲間から教わっていた。確かに差し出してくれた。ふふ、楽なもんだな。
…が、俺は今更ながらとある事に気がついた。こんなことをしていると、目標の金額が集まる頃には日が暮れてしまうじゃないか!
もっと沢山の金を効率よく手にいれなきゃいけない。
焦った俺は、一か八かでブラックマーケットと呼ばれるエリアに向かう。ブラックマーケットは、盗品の売り買いを専門にしてる奴等が根城にしてる場所だ。
ブラックマーケットの商人はベテランばかりで、商品を盗むのは至難の技なのだが…希に商売の素人が紛れ込んでる事がある。
そいつから物品を盗むのは容易い為、俺は早速そいつらをターゲットに絞り混んで盗みをすることに決めた。
…どうやら今日の俺はついてるようだ!
明らかに素人ってわかる商売人がえらく高そうな剣を売っている。リドは昂る心を抑えながら、その商品に話しかけ…
くく、…ラッキー!!こんなに簡単に盗み出せるなんて、夢みたいだ!ブラックマーケットの商人に盗みを働いて成功したんだ、仲間達からは尊敬の眼差しで見られるに違いないや!
さてと…売り払う前にこの剣がどんな素材で出来ているか見てみることにしよう!
そう考え、人気のない場所に移動する。
俺はウキウキしながら、勢いよく鞘から剣を引き抜いた。
…剣の刀身を見て唖然とした。
その剣の刀身は、目を見張るような輝きの黄金で出来ていた。
メッキでは無い!俺でも見ただけでわかるその輝きと重量感は、俺に得体も知れぬ満足感を与え、あっという間に骨抜きにした。
刀身に彫られている紋章が何かの魔法的な物が掛けられた物だということを示していたのだが、俺は気にも止めなかった。
そうして俺は、いつまでもその素晴らしい剣を眺めていた。
…黄金の剣を眺め続けて、どれだけの時が流れたのだろう。
俺は、誰かに見られている事に気がついてようやく正気に戻ることができた。
しまった、時間を無駄にしてしまった!
はっとなった俺は、自分を見つめていた人物を八つ当たりで脅そうと睨み付け…げ!視線の主は黄金の剣の持ち主だったあの商人その人じゃないか!
商人の男はこちらを敵意のある目で睨み付けながら、
何か得体の知れない言語で喋りだした。
「…#%¥&!」
へ?気でも狂ってんのか?とも一瞬思ったのだが…そうだとしたらどれだけよかっただろう。
しゃべっていた商人の目の瞳孔がいきなり縦に割れ、肌が紫色に変色しはじめた…
明らかに人間ではないその姿を見て、俺は酷く狼狽した。
「い、異種族!?なんで異種族がこの町にいるんだ!?」
…この世界では、人間は貧弱な存在だ。無論戦うことを生業としている者や、魔法を行使する事のできる人間は強い。
だが、リドのような盗賊…直接やり合うことを事を専門としてない人間は、とても弱かった。
俺は迷わず手にもった剣をしっかりと抱き締め、一心不乱に逃げ始めた。
普通、この状況なら剣を返すか捨てるかしてから逃げるのが最善だろう。剣は重いし、商人が追いかけてくる理由でもある。
だが、俺は決してこの剣を離そうとはしなかった。
単純に勿体ないという感情ではない。
呪いのような何か、強迫観念に突き動かされていた。
「逃げなければ…この剣は渡せない!」
こういった者を書くのは初めてですので、拙い所が多々あると思いますが…頑張りますので、何卒よろしくお願いいたします。
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