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殺戮の果てに

俺はあの時心臓の鼓動が止まる瞬間をはっきりと感じた。

流れ出る血に身を沈め、未練を走馬灯のように見つめながら俺は目を閉じた。

死んだはずだと。だが未練を残しながらも俺には何とも言い難い情が胸の底から溢れ出るのを感じていたのだ。

“ああ、これで終わったのだ”と。

長い戦いの幕がようやく閉じたと俺はそう思っていた。


「ううっ……!」


目は開かないが聞き慣れた音が耳元へ去来する。

“これは……銃声?”

銃声の音に混じってたびたび爆発音が遠くの方で聞こえてくる。


“まさか……”


俺はまだ生きている。そう実感した直後眠っていた細胞が覚醒し目が覚めた。

グローブ越しに岩肌の感触を感じ俺は痛む体に鞭打って立ち上がる。


「ここは……?」


目の前に広がる光景は先程と同じ回収地点の丘陵部だ。

しかし俺は多少の違和感を覚えた。というのも先程までタリバンの迫撃砲チームと交戦していたのだからその死体があるはずなのだ。

だが、ここには先程まであった死体は存在していない。


「どういう事だ?」


首を傾げながらも俺は自分の状態を確認する。

重傷を負いながらも歩ける事は歩ける。


「ロバート!」


俺は丘の下にいるであろう戦友の名を呼ぶ。だが返事は帰ってこない。


「ロバート!聞こえるか!?」


俺は続いて無線機で彼を呼びかけた。だが無線は虚しくノイズが走るのみで声一つ聞こえない。


「クソッ、一体どうなってる?」


呼び掛けても返事は無く無線でも返事は無い。更にはヘリコプターの羽音すら聞こえてこない。


”ロバートが俺を見捨てた?”


一瞬だが邪な考えが頭をよぎる。だが彼に限ってそんなことをする奴ではない事は自分がよく分かっている。長年陸軍特殊部隊として共にいた仲だ。

だが、彼がここに居ないのも事実だ。俺は考えを張り巡らせて脱出の方法を探る。


プランAは行きの道を通ってバグラム空軍基地へたどり着くこと。

アフガニスタンを横断するようなもので危険も大きい。

だが、救出された場合は確実な保護が約束される。


プランBはこのまま東へ突っ切りパキスタンとの国境地帯を目指すか。

パキスタン人が良い人間である事に掛ければ、あるいはパキスタン側に捕虜として拘束されたとしても偽名と偽の所属である後方支援部隊の一員であるとシラをを切ればいい。

まあ、タリバンに引き渡されたら手榴弾でそいつらごと巻き添えで自爆してやる覚悟ではあるが。


プランCは戦闘地域へ突っ込むか。

先程から銃撃音が響いている。そこでは恐らく米軍とタリバンが交戦しているに違いない。

そこで交戦部隊に紛れ込む形で撤退するか。


「まあいい。あの戦闘地域を目指そう」


俺は痛む体を引きずって戦闘地域を目指す。岩に足を取られて何度も転げそうになる。それでも、生きて帰るにはこうするほかは無い。生きているなら、必ずロバートと再開する。


アメリカに帰る事が出来る。それだけを希望に俺はこの荒れ果てた大地を踏み、先へ進んでいった。丘陵地帯を降りて俺は更なる違和感を感じた。谷間には確かに森がある。しかしここまで地面に青々と雑草が生い茂ってはいなかった。

閑散と草が荒れ地に生えているだけだった。


「ん……?」


何かが見えたような気がする。俺は反射的に目線と銃口を合わせて目標の姿を捉えようと目を細めた。何もない。気のせいだ。と俺は判断しつつも警戒を怠らないように全方位に視線を張り巡らせる。先程の銃声が更に近くなっている。


「こいつは砲撃?」


銃声と砲声もよく聞けばますます引っかかる。

というのも通常戦闘においては必ず分隊支援火器の援護がある。連続した銃声があってしかるべきもの。なのに単発射撃のみでさらに射撃間隔も開いている。


「まるで中世の戦闘か、それともビビり共で腰を引きながら撃ってるのか?」


半分冗談の様な言葉が口をついで出る。ともかく戦闘地域を目指すまでは分からないことだ。先を急ごう。


2時間ほど歩き、森を抜けた先で先程までの違和感の正体が判明した。俺は慌てて地図を取り出す。そして回収地点に指を当て、そこから自分がいる現在地の座標へと目を移す。


「ありえない……こんなことが……」


眼前に映ったのは村だった。地図に存在するはずのない村が目の前にある。

そしてその村は黒煙をもうもうと噴き上げて燃えていた。いや、ただの火事ではない。

先程の銃撃戦と思わしき地点とこの村の場所はおおよそながらにして一致している。

という事はつまり――。


「ここで戦闘があったってことか。こいつはひどい」


組織的な戦闘により焼き払われた村。俺は生存者を見つけなければという義憤を抑え込み、まずは今の自分の状況を再確認することにした。


「そうか、あの時ロバートに渡してしまったからな」


M4のマガジンはバックパックにはたっぷり入っていたがほとんどをロバートの分として投げ渡してしまった。銃創治療キットも同様に必要最低限の分しか持っていない。


ハンドガンの予備マガジンは無い。戦闘糧食は3つ。

正直この状況でしのぎ切れるか分からない。

光学照準器は点灯する。問題ないが電池の消耗を考えて使うとしよう。


「さあ、行くか」


俺は村へと足を踏み入れた。すぐに感じたのは人間の焼け焦げた臭いだ。

戦闘で死者が出るのは当然だが民間人さえ標的にされるという事はあまりいい気分はしない。

村の真中にある道に人影は無く、砲撃の跡が地面をボコボコに耕していた。焦げた臭いの後を追えば必ずと言っていい程焼死体へたどり着く。

まともな死体が残っているかどうかすら怪しい。


「クソッ!」


この攻撃で見つかった米軍兵士の姿は無い。タリバンの姿すらない。

辺りを見回すと村の少し外れに川があるのが見えた。


俺は村から少し離れた川へ足を伸ばす。そこで更なる惨状を目にした。

本来ならば自然豊かで透き通った水が流れているであろう場所は赤黒い血と大勢の村人の死体で埋まっていた。俺はこの状況に憤りを覚えた。米軍の姿は無いとして、あの銃声から考えられる事態はたった一つしか思い当たらなかったからだ。


「タリバン共め、村人を虐殺したのか」


タリバンの残虐さというものは良く知っている。グリーンベレーとしてCIAの秘密部隊であるジョーブレイカーと行動を共にした際にタリバンの制圧圏にあった村を解放したことがある。そこの村人は両手を上げて俺たちによる解放を喜んだ。


俺たちが来る前は教義に反したものは容赦なく死刑、むち打ちに処されていたからだ。その村を俺たちが復興支援し、俺たちは信頼を勝ち取る事が出来た。

俺たちはやがて任務の為にその村を離れる事となった。

村人は笑顔で俺たちを見送ってくれた。

だが、その村は俺たちが離れた数か月後には全滅していた。

他でもないタリバンの仕業によって


「この村もタリバンの聖戦に巻きこまれた村の一つか……」


俺は川に投げ込まれた死体の一人を引き上げ状態を確認する。

川に投げ込まれていたからか、血や汚れはきれいに拭い去られている。

金髪の髪を肩まで垂らし、まだあどけなさが残る顔だ。

身長は160センチほどだろうか。


「こんな子供までタリバンは殺していったのか」


続いて彼女の身体を見てみる。銃弾は右の腹部に命中していた。その証拠として大量の血が川へと流れだしている。すぐに死ぬ事は無いが失血死するまで地獄の苦しみを味わう事になる。ブラック・シー(ソマリア)の戦いではデルタが太ももを撃たれて失血死した。それと同じような状態で死んでいったのだろう。


「ん?」


彼女の指先が動いたような気がした。

確認の為俺は彼女の肩を軽く揺さぶり、呼びかける。


「お嬢ちゃん。しっかりするんだ。助けに来た」


何度か呼びかけたが反応が無い。恐らく勘違いだろう。

諦めて川を後にしようとしたその時だった。


「助けて……」


俺は確かにその声を聞いた。

目の前で消えかかった灯を俺はゆっくりと抱き上げる。


「もう大丈夫だ。おじさんと安全なところへ行こう。なあ」


「安全なところなんて無いですよ……」


「あるさ。さあ、行くぞ」


付近に敵影は見当たらない。この子を助けて安全な回収地点まで移動し、パキスタンを目指そう。それが今出来る最善の策だ。

彼女を背中に背負い、M4を左肩に追いやりM1911をホルスターより引き抜いた。

まともにライフルを構えられないよりかはハンドガンが役に立つこともある。


「君の村を襲った奴らは?奴らは何処にいる?」


「分からない……」


「あいつら、家に一軒一軒押し入って村人を撃って行った……!死んだふりをしてた人たちもいたけど銃剣で……」


彼女は目に涙を浮かべながらも懸命に自らが陥った状況を答えた。

話を聞くからには奴らは馬でやって来た。そして一軒一軒の家を大砲で吹き飛ばし村を焼払った。後に残された人間には更なる地獄を加えていった。川に一列に並ばされた直後、一斉に銃声が鳴り響き村人たちは抵抗する間もなく次々と殺された。

自分は幸いな事にまだ辛うじて生きていたと。


「死亡確認されたというわけか。どうにも怪しいな。タリバンにそこまで組織戦闘が行渡っている部隊がいるとすればかなりの脅威だ。無線が通じん。パキスタンまで運ぶことになる」


どうやらタリバンの中にも精強な部隊があるらしい。それも米陸軍とほぼ同等なまでの訓練を積み、高度な指揮系統を持った部隊が。そうなれば俺に逃げる以外の選択肢は無い。

奴らに追いつかれる前に。


タリバン部隊の追跡を逃れる為に俺は村を出てすぐに道路から離れ獣道へと分け入った。

重傷者を担いだままだが見つかるよりかはましだ。先程の森へ入り、敵に見つかりにくそうな箇所を探す。ちょうど岩の陰になっている場所があった。そこに一旦腰を下ろす。


「ここで下ろすぞ」


俺は彼女の傷が悪化しないよう気を配りながらゆっくりと寝かせる。

改めて俺は彼女の顔を覗き込む。顔は蒼白だった先程に比べ少しは血が戻っているように感じた。だが予断は許されない。ベストから銃創処置キットとモルヒネを取り出し腹部へ投与した後ガーゼで腹部の銃創を抑える。これで彼女が一命を取り止める事は出来るだろう。

あとは出血が収まるのを祈るほかは無い。無線も通じず手元にあるもので出来る事はこれくらいしかない。


「今はこれくらいしか出来ん。後は神に祈るよ」


俺のジョークに彼女は微かに笑って見せた。笑えるならまだ生きる事が出来る。


「そう言えば、名前を聞いてなかったな。名前は?」


「ローシェルです……」


このローシェルと俺の出会いこそが俺の運命を大きく変えていった。

そう、俺の新たな戦いが幕を開ける事になる。


次回投稿は一週間後かどうかは分かりません。

執筆速度によっては早まるかもしれませんのでよろしくお願いいたします。

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