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プロローグ

2001年 アフガニスタン


3か月ほど前までは世界は安定の中にあった。今だから言える事なのかもしれないがあの時は誰もが戦争になるなんて思っちゃいなかった。そう、9月11日のあの日までは。

2機の旅客機が世界貿易センタービルに衝突した光景を俺は今でも思い出せる。

幾千ものガラスが地上の人間に降り注ぎ辺り一面が血の海と化したあの日の出来事。

それだけじゃない。上の連中は貿易センタービルよりも国防総省への攻撃への対応に追われていた。無論、俺にもすぐに招集がかかりフォート・ブラッグに出向き即座にアフガニスタンにおける報復攻撃作戦『不朽の自由』作戦へ参加することになった。


その間僅か1か月の事だった。世界は大きく変わった。戦いも、思想も、何もかも。

俺は今こうして特殊作戦使仕様のCH-47のシートにどっかりと腰を掛けてくるべき時に備えている。俺の他にいるのは20名ほどだろうか。

ここにいる奴らは皆、陸海空軍の特殊部隊からかき集められた精鋭部隊だ。

合同任務部隊とも呼ばれるその部隊は大きく3つの部隊で構成されている。


一つはタスクフォース・レッド。第5特殊部隊グループを中心として構成された長距離偵察、民心掌握に特化した部隊である。


二つ目はタスクフォース・ブルー。ブルーの名前通り海軍系列の特殊部隊が多くシールズやDEVGRUが名前を連ねている強襲部隊だ。


最後にDEVGRU、DELTA、グリーンベレー、空軍CCTの精鋭によって構成されるタスクフォース・ゴールド。


俺が所属するのはゴールドだ。アフガニスタン侵攻に際し、峡谷に仕掛けられたタリバン軍の対空火器の破壊が俺たちに与えられた任務だった。他のチームは山のふもとにある飛行場奪取作戦へ向けて準備を進めている。その梅雨払いといったところか。


「それで、対空砲火を破壊して家に帰るだって?そんな御大層な結末など誰も考えてはおらんよ」


俺は機内で談笑している隊員を横目で独りごちる。この任務にはいくつかの危険があった。

一つは航空支援を受けられるという保証が無いこと。

二つはバックアップチーム無しでの任務を余儀なくされること。

三つめは降下地点だ。峡谷が降下地点だそうだRPGに狙われる危険性も非常に高い。

従って降下時間は20秒と決められていた。


奥のランプハッチからかすかに見えるのは荒涼とした山肌だ。噂には聞いてはいたがこれ程過酷な環境下で戦争をするとなると流石の俺も堪えるだろう。実戦経験が豊富だとしても不測の事態というものは肝を冷やす。その不測の事態を考えれば考えるほど頭が混乱「していく。そうして八方塞がりに立ってしまうのは三流のする事だ。無論俺の事だが。


「リチャード。そんなことはここにいる誰もが分かってることだ。最悪のシナリオをいかに回避するかが俺たちにとっては一番重要だ」


隣席の髭面の男ロバート・オニール少尉が檄を飛ばし、俺の胸の中で渦巻いている不安感をほんの少しだけ拭い去った。


「ここで戦ったことがあるにせよ、無いにせよ。何があっても生きて帰る事が重要だ。対空火器を破壊して家に帰る。それだけだ」


ロバートは俺が陸軍に入隊したころからの友人だった。とは言うものの初めは部屋割りが一緒だったから程度の仲から始まった。とにかく頭をポジティブな回路に回すことにかけては一級品の男だ。湾岸戦争ではその頭を活かして部隊から孤立しかかっていた俺達の危機を救ってくれた。


「そうだな……ロバート」


俺は現実主義に傾倒するあまり否定的になる癖がある。あらゆる可能性を考慮し作戦を立てるがどうしてもそこで徹底的に不確定要素を排除したくなる。

グリーンベレーだからというわけじゃあなく俺がただ単に臆病なだけだ。もう32にもなるというのにバカらしい。


「まあ、戦闘に集中しているお前には適わんよリチャード」


「そうか?」


そんな談笑をよそに目標地点は刻一刻と迫っている。俺は窓から眼下の光景を眺め見る。

――見れば見るほどひどい場所だ。


深夜だが暗視装置を通して見る世界であってもアフガニスタンという土地に俺は憐れみを感じた。ひどい場所だ。山肌には故郷アラスカの様に生い茂った木々などない。険しい山肌が地獄の手前で待ち構えているような圧迫感だ。

やがてヘリは谷間へと入っていく。数々の実戦を経験し、俺たちを作戦区域へ送り届けて来たヘリパイロットの面持が一層険しくなる。操縦桿の振れ幅も先程とは異なり細かい微調整を繰り返している。先程と打って変わり100m先に地表が見える。人間の姿は見えないがもしここでタリバンの偵察部隊が待ち構えていたらと思うとゾッとする。連絡された部隊が対空火器を持っていない保証などどこにもない。

CH-47は俺の心配をよそにひたすら前へ前へと前進していく。


“行先の心配より自分の心配でもしようか……”


俺は降下地点に近づく前に装備の最終確認を済ませる事にした。

暗視装置は正常に稼働している。ヘルメットの顎ひもも締めた。無線機の感度良し。

私物としてM1911のカスタムモデルを持ってきている。マガジン装填、スライドを引いて弾丸を薬室に送り込み、ハンマーを上げてセーフティを掛け再びホルスターに戻す。

プライマリウェポンのM4はこちらもマガジン装填、チャージングハンドルを引き薬室に5.56mm弾を送り込む。デルタと一緒にされたくはないからセーフティは掛ける。

他に持っているものといえば、バッグに詰められるだけ詰められた大量のマガジン。

3日分の水と食料。裂傷処置キット。揃えるものはすべてそろえた。


やがて機体が上向きに傾き徐々に減速していく。降下用ロープを手に取り降下準備を進める。俺は見張りのためにCH-47の後部ランプへ向かった。


「俺も行く」


ロバートも俺に続いて後部ランプへ向かい、設置されているM240汎用機関銃を構え降下地点をくまなく見張る。


「降下地点に動きは無いぞリチャード。案外幸運かもしれんな」


俺も彼の後に続いて降下地点へ目を凝らす。谷間に偽造した敵兵の姿は見えない。ほっと一息つき、ロープをランプより下ろそうとしたその矢先何か光るものが見えた。

それがバックブラストによるものだと分かった時には既に遅かった。

全てがスローモーションで進んでいくような感覚だった。

耳元でロバートが吼えた事だけは確かに認識できた。


「RPG!」


刹那、轟音と焔が機体を包み、黒煙を上げCH-47のエンジンが悲鳴を上げながら地表へと墜落して行く。俺は降下用ロープにしがみつき、上下左右へ揺れる機体から振り下ろされまいと必死で堪えた。


「まずい!」


そこに間髪入れずに二発目のRPGが直撃し今度こそ機体はエンジンを失い慣性によって落ちるのを待つのみとなった。


“このまま死んでたまるか……!”


「リチャード。脱出するぞ!今ならまだ間に合う!」


「どうやって!?もう時間が無いぞ!」


数秒もすれば俺たちはこの機体と運命を共にするだろう。だが、死を易々と待つ男ではない。ロバートは周辺の状況を瞬時に判断し、決断を下した。


「飛び降りるんだ!下は雪だから衝撃を抑えてくれる筈だ!行くぞ!」


銃架に取り付けられていたM240を取り外しロバートは一か八かの覚悟でランプに足を掛け、そのまま一気に虚空へと身を投げて行った。

俺も覚悟を決めてランプから飛び降りた。時間にして10秒も無い。やわらかい新雪が

俺の体を覆い落下時の衝撃を和らげてくれたおかげで体に支障は無い。

数瞬の後に後方より爆音とともに黒煙がもうもうと立ち上る。

後に残された仲間たちがどういう運命を辿ったかは想像に難くない。

そして、降り立った先は――


「よりにもよって敵の支配地域の中で男二人が取り残されてるって訳か……」


M240の調子を確認していたロバートが独り言ちる。いくらポジティブ思考の男だといえどここまでひどい状況に陥ってしまったら愚痴の一つは吐きたくなるだろう。

俺たちがいるのはタリバン支配地域の真っただ中だ。先程の攻撃で生存者がいるとすれば奴らもバカではない。すぐに血眼で追いかけてくるだろう。


「すぐに移動しよう。この爆発で奴らも気づくはずだ」


「移動ってどこにだ?」


「とにかく、防御陣を張れるような場所だ。ここじゃどうぞ殺してくださいって言ってるようなもんだ」


ロバートは重々しいM240を構え、雪に覆われたアフガンの山岳地帯を歩き始めた。

俺もロバートの後を追うように雪に足を取られないよう注意深く前へと進む。



墜落地点の傾斜した山道を抜け、俺たちは小さな森へとたどり着いた。道中、幾度と無く後ろを警戒したことだろうか。いつになく全身が奇襲を警戒している。

まるで誰かが俺たちをずっと追っているかのような感覚がぬぐえなかった。

だがM4は既にセーフティーを解除してるしいざとなれば撃てる。

奇襲には慣れっこだった。湾岸戦争以来奇襲からの反撃はよくある事だったからだ。

だが、たった二人の逃避行はどうにも慣れない。いつ、どこで襲撃を受けても助かるという保証そのものが存在しない。


しかし希望はある。司令部に奇跡的に通信が通じたのだ。司令部はこの事態をすぐに把握し、

救出部隊を派遣すると言ってきた。回収地点は20キロ先のなだらかな丘陵地帯だ。そこなら救出部隊を展開できるとのことで俺たちの目に一筋の光が差し込んだ。


「あと10キロだ。奇襲が無いのはいいことだが斥候もいないというのは妙だな」


俺はひっきりなしに周囲を確認していた。特にシュマグを被りヤギを引き連れた男がこの森の中にいないかという事を念頭に歩を進める。


「タリバン偵察員ことヤギ飼いもいない。なぜ追ってこない?」


妙な感覚が頭の周りをぐるぐると旋回しては消えていく。誰かが追ってきてもおかしくは無いのだ。たとえ民間人でも人の姿一人いてもいいようなものを。


森の半分ほどを歩いた頃だろうか。回収地点である丘陵地帯が顔を見せ始めた。


「なあ、リチャード。俺が言うのもナンだが嫌な予感がする。銃と弾薬、それと治療キットはあるな?」


ロバートが突如として顔を曇らせた。


「ああ、大量に持ってるぞ。それがどうかしたか?」


「なら、安心だ。行こう」


俺はその顔がただの不安から来たものだと頭の隅に追いやっていた。

そう、あの回収地点に立つまでは。




森を抜けて回収地点のすぐ近くまで俺たちは迫っていた。司令部通信からは救出部隊は間もなくバグラム空軍基地を出撃し到着まで4時間を見込むと報告を受けた。


「4時間か。ここは空港じゃないからな。まったり待っていましょうなんてことは出来ないさ」


「分かってるさ。それに……」


「何だ?」


「敵に追跡されず無事ここまでたどり着けたんだ。俺たちはついてるかもな」


ロバートの言葉に紛れる様に小さな風切り音が耳孔へ伝わった。

それが何なのか俺は本能的にそれを悟り近くの岩場へと身を隠す。

俺の動作に気が付いたロバートも咄嗟に付近の岩の後ろへと飛び込んだ。

刹那、丘陵地帯一帯が爆炎で覆われた。

それを皮切りに3方向より銃火が飛び交い大量のタリバンが姿を現した。


「コンタクト!」


これで全て分かった。分かった時には既に俺たちは追い込まれていた。

そう、敵が追ってくる必要などなかったのだ。わざわざこちらが出向くのだから奴らはひたすら待てばいい。いつ、どんな手段で救出部隊を送り込むかなど奴らは既に知っているだろう。


「成程、無線機を盗聴してたわけか。道理で準備が良すぎるはずだ」


あの迫撃砲の攻撃もあまりに高い精度だった。こちらの進軍ルートを把握したうえで奴らは迫撃砲の着弾点を設定した。


PKMの制圧射撃は俺の頭を一切上げさせない。

時折、悲鳴のような音を上げてRPGが虚空を裂いて俺の命を刈り取ろうと岩場近くに着弾し俺の頭上へ小石と破片を降り注がせた。


「クソッ!」


いつまでも相手を待っている暇は無い。俺は僅かな隙間を突き、岩場から身を乗り出してM4ライフルの引き金を引いた。光学照準器越しにPKMの射手が脳髄を撃ち抜かれ地面へと倒れた。銃火が途切れたのを確認し次の目標を走査する。


「ロバート。丘陵の上にいる連中に制圧射撃だ。俺はその隙に奴らの側面へ回り込む」


「了解した」


すぐにロバートの制圧射撃が始まった。7.62mmの弾丸は俺のM4より射程距離は長いし何よりストッピングパワーもある。その証拠に今現在敵の射撃は散発的なものになっている。スピードが何よりも大事だ。俺は必要最低限の弾倉と治療キットをアーマーに押し込み残りをリュックに詰めてロバートへ投げ渡す。


「いいのか?」


「いらん」


俺はM4を構え岩場より抜け出し敵の側面を突くべく上へ上へとひた走る。

途中のタリバンをどう倒したかなど覚えていない。ただ側面を突くことを考えた。


「見つけた……!」


やがて丘陵の上に陣取る迫撃砲部隊を見つけ勝利を確信し引き金を引き絞ろうとしたその瞬間。俺の意志は儚くも撃ち砕かれる。俺の姿に気付いたタリバン兵の銃弾の内の一発が俺の腹を貫いた。その衝撃と激痛で俺は体勢を崩し地面へ膝をついた。それを彼らは見逃さずひたすらに撃ちまくった。だが、俺も俺でやられるような性質ではない。


銃撃の合間を縫い引き金を引く。M4が火を噴き一人、また一人と頭部に赤い花を咲き誇らせる。薬莢が宙を舞うたびに俺の命が一つずつ削られていくような感覚を味わった。


「あと3人!」


残るはあと3人。ここを倒せば一つの陣地が沈黙し、俺たちの生存時間も長引く。

3人のタリバンが銃を構える前に、俺は奴らに狙いをつけていた。

3発の銃声が丘陵に木霊し3人は脳を地面にぶちまけながら事切れた。


「はあっ……!」


自分で感想を考えるのも癪だが正直に言えば勝てる気など微塵も無かった。

一人でも多く道連れにしてやろうと考えた結果。俺は生き残った。

だが、残された時間は無い。腹に当たった銃弾のおかげで大量の血が地面へ流れ出している。


視界がぼやけ腕の筋肉が弛緩していく中、俺は今までの人生を振り返る事にした。

グリーンベレーとして10年以上戦地を駆けて来た。

戦い続けた。家族の為に、仲間の為に。

こんな言葉がある。

「残された者の人生を悲しませないように、今を楽しみなさい」

まだ自分が入隊して間もないころに古参兵に言い聞かされた言葉。

遠い昔の物語は今、終わりを告げようとしている。

楽しんだ、かどうかは分からない。

気がかりなことは大量にある。俺がいなくなった後、ロバートはいったいどんな表情で帰路に就くのだろう。分かってる。分かってる。

楽しんだとは言えないが、一つだけ確かに理解している事があるとすれば――


俺は、仲間を守れた。唯一無二の友人を守れた。それだけで十分だ。


投稿ペースは恐らく1週間に1話の更新ペースとなります。ご了承ください

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