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あんパンは伊達じゃない その①

「月人君……なんだかすごい元気ないけど、大丈夫?」


 緩い笑顔を感じながら、僕は返事をする。


「まあ、な。色々と面倒なことが多くて……」


 昼休みを迎え、活気づく教室でただ一人、机に突っ伏せ項垂れている僕。弁当を作るような時間がなく、今日は弁当を買わなければいけないのだが、購買へ行く気力もなく、ひたすら項垂れる。

 一方、幼馴染の春香はと言えば、僕の机の横に椅子を運び、あくまでも笑顔で僕を見ている。もちろん、僕は机に顔を伏せているため、春香の顔を見たわけじゃない。

 しかし、春香のことだ。どうせ僕の気も知らないで笑っていることだろう。


「あたしで良ければ、話聞くよ?」


 春香に話してもなあ……。

 別に頼りないとかそういうことではなく、単純に、春香に話すべきことではないのである。


「いや、遠慮しとく」


 ここでようやく頭を上げ、春香を見れば不満そうだ。きっと、相談をしない僕に不満を持っているのだろう。


「あたしは月人君の幼馴染なんだから、何でも相談して」


 お弁当を膝に乗せたまま、春香は僕を見つめる。目を逸らし、しばらくしてから見るが、まだ見つめている。


「お前じゃ無理だって」


「いいもん。それでも、無理でも、話ぐらいは聞きたいもん」


 可愛い、とは思えない。もんとか使ってもいいのは、美少女だけだ。春香は美少女というより、微少女だからな。

 大きく背伸びをし、僕は立ち上がる。


「先食べてて。購買行って、パンでも買ってくる」


 僕が歩き出すのと同時に春香は立ち上がり、ぴったりと僕についてきた。


「なんだよ?」


「一人でお弁当食べてもつまらないでしょう?」


 にへらと口元を緩め、憎めない笑顔で僕を見る。


「はいはい……もう、勝手にしろ」


 適当にあしらい、教室を出た。廊下の窓辺に寄りかかり、楽しそうにお喋りをするカップル。バスケットボールを指の上でクルクルと回す男子。集団でトイレへと向かう女子生徒。

 そういった生徒を尻目に、僕は今日の朝の出来事を思い出す。


「あんた、明日暇? ていうか暇でしょ? うん、オッケー。それじゃこれあげる」


 朝起きるとすぐに、制服姿の恋子から二枚の紙きれを渡された。寝起きということもあり、僕は恋子の言葉を聞き流し、ソファーに座る。


「デンジャラスゾーン……ライブ?」


 恋子から渡された紙きれは、どうやらデンゾのライブのチケットらしく、僕はただ漠然とそれを眺めていた。


「それで……これがどうかしたのか?」


 もう学校へ行くところだったのか、恋子はちょうど、リビングの扉に手をかける。


「はあ? 分かんないの?」


 恋子はわざとらしく両腕をだらんとさせ、綺麗に揃えられた眉毛を吊り上げる。この時、少しだけイラッときたが、こんなことでいちいち怒っていたら、恋子のお兄ちゃんは務まらない。僕は笑顔を保った。


「ごめん。まだ起きたばっかで、頭が冴えなくてさ」


「頭が冴えないのはいつものことでしょ。まあ、それはいいとして。どうせあんた、今日暇でしょ? だから、あたしのライブに招待してあげたってわけ」


 誇らしげな恋子にかなりイラッときたが、そんなことより、どうして僕が恋子のライブに招待されたのかが分からず、僕は聞いた。


「なんで僕なの? 別にファンでもなんでもないし。他の人にあげればいいじゃん」


 表情は一変し、阿修羅のごとく顔つきに。


「文句あるの? あんたはとにかく、あたしのライブに来ればいいの。分かった?」


 ここで怒らなきゃお兄ちゃんが廃る。というわけで、僕はこう言ってやったのだ。


「はい! 行きます、超行きます! うっわぁ……今日は一日、ハッピーだぁ……」


 だめだった。やっぱり僕は、お兄ちゃん失格である。


「なんかすごいウザいけど、まあいいや。そういうことだから、よろしく」


 どうにかしてライブに行けない用事を作らなければ、とか思ってる僕に向け、恋子は言った。


「もし来なかったら、あんたの新しいエロ本、捨てるからね」


「よし、絶対行こう!」 


 沢城から借りたエロ本を捨てさせるわけにもいかず、僕はもうライブへ行くという選択肢を取らざるを得なくなったのであった。


「月人君、購買通り過ぎてるよ?」


「え、ああ」


 歩みを戻す。


「つ、月人君……? またまた購買通り過ぎてるけど……」


「あれ、本当だ」


 いかんいかんと、かぶりを何度か振り、僕は列に並ぶ。


「月人君……そこ、女子トイレの列……」


「え……おわ! す、すいません!」


 もの凄い顔で女子生徒から睨まれたことで、僕はようやく正気に戻る。今度こそちゃんと購買に買いに来た生徒の列に並び、ため息を一つ。


「大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ」


 心配そうに僕の顔を覗き込み、春香は言った。


「とてもじゃないけど、そうは見えないなぁ……。何があったの?」


 僕はとうとう諦め、話すことに。


「実はさ、知り合いの人から、ライブのチケットを貰ったんだよ」


「ライブのチケット?」


「そう。デンジャラスゾーン、って知ってる?」


「ああ、あの、恋子ちゃんが所属してるアイドルグループだよね?」


「そうそう――って、え?」


「あれ? あたしなんか変なこと言ったかなぁ……?」


 春香の頬っぺたを指でつまみ、寝ぼけていないかを確認する。

 しかし、「痛い」と、冷静にツッコまれたことで、春香が寝ぼけてなどいないことを理解した。


「なんでお前、そのこと知ってるわけ?」


 頬をさすりながら、春香はジト目で言った。


「だって、恋子ちゃんから教えてもらったんだもん……」


 僕はてっきり、恋子がデンゾのメンバーであることは、極秘なのかと思っていたが、どうやらそういうことでもないらしい。


「そのこと、恋子からいつ聞いた?」


 首を左右に傾けながら、春香は言った。


「ううんと、ちょうどデンジャラスゾーンが、活動を開始したぐらいだから、三ヶ月ぐらい前かなぁ」


「それ、最初からじゃん……」


 どうして僕には教えず、春香には教えたのだろうか。少しだけ僕は落ち込む。


「それで、恋子ちゃんからライブのチケットを貰った、ていう話だったけど、それがどうかしたの?」


 僕はポケットにしまった二枚のチケットを取り出し、それを見る。いちおう、デンゾは男性アイドルとして活動しているから、ファンは女性が多いはず。

 僕がここまで悩んでいたのは、そこに原因がある。

 というのも、そんな女だらけのライブ会場に、男一人で乗り込むのは、かなりの勇気が必要というか、はっきり言って行きたくない。

 けど、恋子から脅されたので行かざるを得ず、悩んでいたんだが……。

 どうやらそれは解決したようだ。


「春香。お前、今日暇?」


「暇だけど……いきなりどうしたの?」


 僕は春香の手を握りしめ、強く握りしめ、これでもかと握りしめ、言った。


「頼む! ライブに一緒に行ってくれないか⁉」


「次の人どうぞ~」


 購買のおばさんの声を聞き、とりあえずパンを選び、それを買う。

 両手に抱えたパンの中から、あんパンを春香に手渡す。すると、春香は案の定、満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに言った。


「いいよ。月人君の頼みごとじゃあ、無碍にはできないもん」


 僕の頼みごとだからと言うより、あんパンくれたから、と言ったほうが正しいのだろうけど。


「それは良かった。いや、本当に助かった。ありがとな」

 あんパンを神々しく掲げ、幸せそうな春香を見ると、なんだか申し訳ない気持ちになった。そして同時に、春香の浅はかさを目の当たりにしたのであった。


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