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幼馴染はしゃべるのが遅い その②

 朝から働き者の太陽の、眩しい陽射しに目を細め、僕はゆっくりと歩みを進めていく。いつもは遅刻寸前で家を出るから、こんなように景色を眺め登校することはない。

 退屈な風景の連続ではあるが、これはこれで、良いものだ。

 このまま真っ直ぐ行けば学校。僕の人生もこれぐらい直線であれば、どれだけ楽だっただろうか。僕がちょうどため息をついたところで、不意に後ろから話しかけられた。


「あれ、月人君?」


 聞き覚えのある声に、僕は振り向く。そこには、いまどきの女子高生とは口が裂けても言えないような、地味っぽい女性が突っ立っている。

 良く言えば素朴。悪く言えば田舎臭い。そんな感じだ。

 眼鏡をかけていないだけマシではあるが、どうもあの長いスカートを見ていると、見ているこっちがムズムズしてくる。朽木春香くちきはるか。僕の幼馴染である。


「今日も一段と地味だな、春香」


 不揃いの前髪を手で整えながら春香は言った。


「もう……人のこと言えないでしょ? 月人君だって、あたしに負けないぐらい地味だよ?」

 丁寧な喋り方は大いに結構。だが、遅い。遅すぎる。

 もうちょっと速く喋れないのかね、春香は。


「うっせ。僕はわざと地味にしてるだけで、ちゃんとすればカッコいいんだぞ?」


「じゃあ……、どうしてちゃんとしないの? カッコいい月人君、見てみたいなぁ……」


 分かった上で言っているな。ちゃんとしようがしまいが、あまり変わらないだろう。僕の顔は悪くはないけど、決して良くはない。決まりの悪くなった僕はすぐに話題を変える。


「て、ていうかさ。なんで春香、今日はこんなに早いんだ?」


 教科書でパンパンになっているのであろう、学校指定の分厚いカバンを春香に代わって持つ。いつもいつもくそ真面目な春香は、全ての教科書を持って帰っているのだ。真面目とアホは表裏一体である。おばさん臭いゆったりとした笑顔で「ありがとう」と、春香は言った。


「今日はねえ、生徒会の仕事があるんだぁ」


「ふーん。大変だな、こんな早くから」


 さして興味のある話題ではないのでここで話を止める。

 友達と無言で歩くのは気まずいが、幼馴染ともなれば話は別。こうして黙っているだけでも、どういうわけか落ち着くんだ。普段、生意気な恋子の相手をしている分、たまにはこういうリラックスできる相手がいなきゃな。


「ねえ、月人君」


 春香は言う。


「昨日いきなり、恋子ちゃんが家に来たんだけど、何かあったの?」


 またか。僕とちょっとしたいざこざがあると、恋子はすぐに春香のところへ行く。まあ、相談とかっていうより一方的に愚痴を聞かせているんだろうけどさ。

 春香はお人好しだから、それを分かった上で恋子は春香の家に行くんだ。妹が世話になったとなれば、お兄ちゃんとしては一言礼を言わなければ。 


「悪いな、いつもいつも」


 春香は僕の顔を覗き込むようにする。


「ううん、そんなことないよ。恋子ちゃんは、あたしにとって妹みたいなものだし」


 昔から、恋子は春香を姉のように慕い、そして春香も恋子のことを妹のように可愛がる。本当は、僕と恋子が兄妹なんじゃなくて、春香と恋子が姉妹なんじゃないかと思えるほどだ。

 和やかな雰囲気が流れ僕も春香も思わず微笑んだ。

 視線を春香から前方に戻すと、数週間ぶりの校舎が目に映る。東京にある高校の癖に、埼玉の田舎にあるのと大差ないボロい校舎だ。趣があるというより、「地震が来たらやばいんじゃね?」と心配になるような感じである。

 しばらく歩みを進めると、私立葵あおい高校という表札が見えてきた。


「……」 


 偏差値は標準的。人数は少ない。おまけに、ほとんどの生徒がこのあたりの住人だから、せっかく高校に入ったのにだいたいの生徒と知り合いだったり。

 朝練をやるにはまだ早いのか、殺風景なグラウンドを横目にし、僕らは昇降口へと入る。


「それじゃあ、月人君。あたしは生徒会室に行くから、また後でね」


「おう、頑張れよ」


 春香の背中をしばらく見送り、僕は自分の教室へと向かった。新学期ともなれば、クラス替えにソワソワするのが当たり前であるが、いかんせんうちの学校は一学年につき三クラスしかない。そのため生徒からの意見もあり、クラス替えはしない方針なのだ。

 二年一組の教室の扉を開き、中を見渡す。やはり、クラスにはまだ誰も――


「よう、東條! 今日はやけに早いな。どうした?」


 残念。どうやらクラスには先客がいたようだ。しかも、よりにもよってこいつとは。


「そういうお前は朝練か? ハッ……ご苦労なことで」


「まあな。俺はお前と違って朝から忙しいんだよ」


 爽やかな笑顔で嫌味を言ってくるこの男。名前は沢城亮さわしろりょう。中学、高校とずっと一緒のクラスで、腐れ縁というやつだ。

 沢城はバスケ部に所属しているだけあって、なかなかにモテる。その上イケメンのため、うちの学校の女子生徒からは毎年けっこうな量のバレンタインチョコをもらう。

 正しく、僕とは正反対の人間だ。バレンタイン当日、自分の靴箱の付近で待機してしまうような僕とは正反対。沢城は何一つ苦労せずにチョコをもらいやがる。残念だけど、帰宅部だしモテないし冴えない僕とはまったくもって違うことは認めなければならない。

 世の中不公平とかそういうレベルじゃない。神様は全力で沢城を生み出し、一方僕は、なんらかの拍子に間違って生まれてきてしまった。そんな感じだ。

 朝から不快な気分にさせられた腹いせに、僕は沢城に嫌味の連続をかます。


「ところで沢城。お前は春休みの宿題やったか?」


 活き活きとした表情が一気に暗くなり、沢城は俯いた。


「その……なんだ。終わらなかった。一生懸命やったんだぞ? けど、終わらなかった……」


 僕はお前のその顔が見たかった! ……うわ、僕ってすごい小者臭がするかも。


「そいつは残念だったな。生憎僕はお前と違ってずっと暇をしていたんだ。だから、宿題なんてとっくのとうに終わってるんだよなぁ……」


 カバンから春休みの宿題を取り出し、わざと沢城の前でそれをちらつかせた。すると、メトロノームみたく僕の手元を目で追いかける。


「こんな簡単な宿題、はっきり言って三時間ぐらいで終わるぜ? それを一生懸命やっても解き終わらなかったのかぁ……。お前やっぱ、頭悪いんだなぁ……」


 僕も人の事を言えたきりではないけど、この瞬間ぐらいは、優越感に浸らせて欲しい。悔しそうに顔を歪める沢城を目にし、僕はますますイジメてやりたくなった。


「まあ、お前がどうしても見せて欲しいっていうなら、考えてやってもいいぞ」


「ほ、本当か⁉」


 案の定、食いついて来た沢城を見て、僕はニヤリと笑みを零す。


「ああ、本当だとも。けど、タダで見せるほど世の中甘くはないのよ」


「それなら……俺はどうすればいい……?」


 必死の形相ですらも様になってしまう沢城が憎い。僕は一度、鼻息を「ふんっ!」と撒き散らして言った。


「エロ本。お前がずっと昔に、僕に貸してくれたエロ本があっただろう?」


「あ、あったな」


「実はさ、あのエロ本が妹にばれちまったんだよ」


 エロ本というのも、あのツインテールのロリっ子が表紙のやつだ。この前親父と僕と恋子の三人で話をしていた時のことを思い出してほしい。

 あれは本来、僕の趣味趣向とはまったく異なる類のものなんだが、この沢城のバカ野郎が「これは最高だ! お前も読め」と、無理やり押し付けてきたのだ。

 しかし、僕は読む気が起きずしばらくベッドの下に封印していた。それがどういうわけか、恋子に暴かれてしまい今にいたる。

 簡潔に言うのであれば、いま僕は、沢城に八つ当たりをしているのである。完全に呆れている沢城は静かに言った。


「自業自得じゃないか……」


 確かにその通りだ。僕の自業自得だ。しかし、いまこの状況では、圧倒的有利な立場にいるのはこの僕。どんな理屈も通る。


「なんだ……お前がそういう態度なら、僕は宿題を見せない。いいんだな?」


「くそ……足元見やがって……」


 お前のその臭そうな足元なんて見てねえよ、と軽い冗談を心の中でかます。


「それで?」


 僕は言う。


「お前はどうするんだ? 宿題を見せてほしいのかほしくないのか、ハッキリしろ」


 ガクガクと身体を震わせながら、沢城は徐々に地面へと頭を近づける。「マジかよ……」と、内心沢城にドン引きしながら、僕は慌てて静止する。


「ま、待て沢城! 僕は何も、そういうことをさせたいんじゃない!」


 乱暴された直後の女みたいな顔をして、沢城は涙目になりながら言った。


「俺は……俺はどうすればいいんだ……」


 少しやり過ぎだったかもしれない。ほんのちょっぴりだけ反省をした。


「沢城……、この世界は甘くないけど、でも、お前が思っている以上に単純なもんだ」


 僕は教室の窓から校庭を見下ろし、映画の主人公然とした渋い表情で続きを言った。


「エロには……エロだ」


「エロには、エロ?」


 床に膝をつけている沢城の手を取り、立たせる。ポンと軽く肩を叩き僕は言った。


「今度は、ツインテールのロリっ子じゃなくてツインテールのお姉さんもののエロ本を貸してくれ」 


 やはり、恋子という妹がいる手前、あまりロリ系は好きじゃない。僕が好きなのはお姉さん系だ。しかし、ツインテールというものは、本来子供にだけ許された特権であり、大人の女性がしようものなら冷たい視線を浴びせられることだろう。

 お姉さんがツインテールにするのはおかしい?

 ハッ……何も分かってない。

 ふざけるな! 何もおかしいことなどない。むしろ、お姉さんのためにツインテールは存在すると言っても過言ではないね。

 大人の魅力を持ち合わせた女性が、子供っぽいツインテールにすれば当然その女性は恥じらうはずだ。そこだ。そこに僕は、キュンとくる。恥じらいこそが至高。

 たとえば、目の前で堂々とパンツを見せつけられて嬉しいか?

 嬉しくないね。「うそ……あたしのパンツが見られてる……」という恥じらいがなければ、男心がくすぐられるようなことはない。絶対にだ。

 それだけじゃないぞ。

 子供っぽさと大人っぽさが相まると、恐ろしいまでの可愛らしさが生じるのだ。一度街中で、ツインテールな大人の女性、略してツイ女を見かけたのだが、それ以来僕はツイ女の虜となってしまった。長々と話をしてしまい申し訳ない。そうだな、百聞は一見に如かず。機会があれば見て欲しい。

 しばらく黙っていた沢城は、まるで僕を神であるかのように見つめ、言った。


「東條……! お前ってやつは……お前ってやつは、最高だぜ!」


「そうとも兄弟! 僕とお前は一心同体。エロの価値観は多少違えど、お互いに歩み寄っていくべきだ!」


 力強く握手を交わし、二人同時に言うのであった。


「「ツインテール、最高!」」

 

 沢城との話を終え、その後はいつものようにボーっとしていると、いつの間にか学校が終わった。何か特別なことがあるわけじゃない。それでも僕は、この退屈な日々が嫌いではないようだ。そうそう。僕と沢城がツインテールの素晴らしさを分かち合った次の日のこと。

 突然、学校中の女子生徒がツインテールにしてきたのは余談である。


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