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妹はアイドル? その③

「――と、いうわけなんだが、どうだ?」


 冷めた紅茶を啜りながら僕は裕理を見る。僕も裕理も、ソファーに座って話をしていたのだが、いきなり裕理は立ち上がった。


「私はそれでいいと思うわ。上手くいくいかないに関わらず、何か行動に移さないとね」


 優しい笑顔を浮かべ、裕理はクルリと意味不明なタイミングで一回転。後ろで腕組みをしながら裕理は言った。


「私にも、月人みたいなお兄ちゃんがいたら良かったのに……」


 冗談なのか本気なのかよく分からない表情で裕里は僕を見つめる。

 鼓動が速まるのを感じ、思わず目を逸らした。


「僕は……裕理みたいな妹がいたら、よ、よかったかも……しれない」


 肝心なところで噛んでしまい、僕はそのまま項垂れる。こんなんだからクラスの女子に「え、なにこの童貞」という目で見られてしまうんだ。実際はどう思ってるのか分からないけど。


「私が月人の妹? ふふ……普通そこはお姉ちゃんじゃないかしら? 私の方が年上なんだから」


 世の中の女性が全て裕理みたいだったら、どれほど平和な世界になることか。こんなにも優しくて上品で美しい女性は、そういない。まあ、これで胸も大きかったらなおさらなんだけど。

 天は二物を与えず、というやつだな。僕は一人で納得する。心地の良い沈黙が僕らを包み込んだところで、玄関の扉が開いた。


「ただいま……」


 帰宅の挨拶を嫌々しているような口調で、恋子はそのまま階段を上って行った。本当はこのままリビングへ来ると思っていたので、ちょっと予定が狂う。けど、場所が変わっただけだ。


「それじゃ、ちょっくら行ってくる」


 とりあえず、裕理をリビングに残したまま僕は恋子の部屋へと向かう。ボスンとベッドに倒れ込むような音がして、それからすぐに静かになった。恋子の部屋の扉を軽くノック。


「ちょっといいか?」


 少しの間があった後で恋子は言った。


「勝手にすれば」


 ゆっくりと扉を開き、中を見る。やはり、相変わらず甘い匂いが充満している。僕は顔を顰めながら、布団に丸まっている恋子に言った。


「嫌がらせの手紙、読んで落ち込んでんだろ?」


 布団の中でもぞもぞと動き、素っ気ない返事をする。


「別に。そんなわけないじゃん」


「そうか。じゃあ、あれか……、裕理とのことで悩んでるんだな?」


 予期せぬ一言を言われたのだろう。恋子は布団から、モグラみたいにひょこっと顔だけ出し、驚きの眼差しで僕を見る。


「ど、どうして裕理さんの名前を知ってるわけ?」


 僕はちょっとだけ得意気に、恋子に言った。


「まあ、お兄ちゃんは知らないことなんてないからな。そんなことは知ってて当然さ」


 ジト目で僕を見ながら、恋子は訝しげな顔をする。明らかに疑っている、あの顔は。早くも種明かしをするのはつまらないが、このまま話が進まないのはもっと困る。

 頭をポリポリと掻きながら僕は言った。


「その……なんだ。実はさっき、裕理と話をしてさ」


「裕理さんが家まで来たの⁉」


「そう。それで色々と聞いたよ、お前と裕理のこと」


 目線を下にし、恋子は黙る。


「なんでも、不仲説がネットで流れたとかで、お前に嫌がらせの手紙が何通も来たんだろ?」


 しばらく無表情だった恋子は、急に涙目になる。言葉を絞り出すのもやっとだ。


「酷くない……? 確かに人気があるのは裕理さんの方だけどあたしだって……一生懸命頑張ってるのにさ……」


 芸能人の苦悩は僕には分からない。でも、それでも、妹の悩みなら僕にだって分かるはずだ。共有できるはずだ。どんな言葉をかけるべきか、散々悩んで悩んで悩み抜いた末に、僕は一つの結論を導き出したのだ。

 第三者目線なんて糞くらえ。僕はたとえ、恋子がどんなに嫌われようと一生力になってやる。さあ、よく聞け……恋子に嫌がらせをしたやつら。この世にはシスコンに勝るものなど、ないんだぜ。


「ああ、おかしいよ。お前が必死になって努力してるのにそれを否定して、嘘か本当かもよく分からない噂に踊らされて、お前を苦しめるやつはクソったれだ」


 目を真ん丸にし、いきなりの僕の暴言に驚きを隠せない様子の恋子。


「ちょっとあんた……? いきなりどうしたの……?」


 僕は腹から声をひねり出す。。


「僕がどうしたかって……? ハッ、お前こそどうしたんだよ⁉ いつものお前はどこへ行った⁉」


「え……?」


「お前はいつも勝気で、強気で、努力家で……僕への態度は最悪だけど最高の妹だ! 僕は知ってるぞ。学校の成績は常に学年十位以内……。すげえよ、アイドルやってるのに、お前って本当にすげえよ……!」


 次から次へと言葉が溢れ出し、なかなかストップできない。


「僕と違って友達も多いし……さっき見せてくれたダンスも歌も、本当に圧巻だった」


 拳を強く握りしめ、僕は本気で恋子に言葉をぶつける。


「それなのに! たかだか嫌がらせの手紙を送られたぐらいで、裕理と上手くいかないぐらいで、なんで落ち込む必要がある⁉ もっと胸を張れ! 確かにお前はペチャパイだ……だけど、胸を張れるだけの努力を、ずっとしてきたんだろう⁉」


「ぺ、ペチャパイですって……⁉」 


「あっ」


 僕はついうっかりやってしまった。本能のままに言葉を連ねたら、自分ですら予測できなかった言葉を……言ってしまった。恋子は静かに立ち上がり、小鹿のように肩を小刻みに震わせる。


「あ……あんたねえ……あれだけペチャパイって言うなって言ってるでしょう……?」


 ペチャパイ。この言葉がどれほど危険な言葉か分かっているはずなのに。


「ま、待て。待ってくれ……! とにかくだな! お前は本当に僕の自慢の妹だ! その、だから、殴らないで? ね?」


「うっさい……! この、変態シスコン……バカ兄貴ぃぃぃぃ!」


 鮮やかな弧を描き、僕の身体は宙を舞う。

 こんなはずじゃ……なかった。

 本来は、僕の言葉に感動し、自信を取り戻した恋子はそのまま晴れて裕理との関係も良好に、となるはずだった。しかし、どうにも世の中は理不尽である。

 余計な一言、たった一言を言ってしまったばっかりに僕はこうして、殴られたのだから。


「ぐおっ……!」


 痛みに悶える僕に向け恋子は、格ゲーのヒロインのような冷たい言葉を吐き捨てた。


「そのまま一生、地面に這いつくばってろっつうの」


 ここで僕は力尽きる。

 目が覚めた時には、恋子のベッドで横たわり、鼻にティッシュを詰められていた。すっかり外は暗くなっていて、長いこと意識を失っていたようだ。


「あんまりだ……」


 ポツリと独り言を零し立ち上がる。

 ちょうど恋子の部屋を出ようとしたところで、玄関の方から声が聞こえてきた。


「それじゃあ、また来るわね、恋子」


 恐らく、裕理の声だろう。


「まじまじ! いつでもおいで!」


 あれ? 何か知らないうちに、仲良くなってね?

 困惑したまま階段を下りると、そこには楽しそうに笑いあってる二人の姿が。


「あ、月人。怪我の方はもう大丈夫かしら?」


 わけもわからぬまま僕は言った。


「まあ、大丈夫だけど。ていうか、お前らってそんなに仲良かったの?」


 恋子と裕理は目を合わせ、満面の笑みで言った。


「当たり前じゃん!」「当たり前よ!」


 首を何度も傾げるも、やはり、状況を理解できずにいた。


「それじゃ、私はそろそろ行くわね。さようなら、恋子。それから月人も」


 僕は恋子のついでかよ。心の中で悪態をつく。

 外まで裕理を見送り、後ろ姿が見えなくなったところで僕らは家へと引き返す。


「そういえば、裕理はお前のこと、何時の間に恋子って呼び捨てにするようになったんだ?」


「はあ? なんなの? そんなこと聞いてどうする気?」


 あそこまで奮闘してやった僕に、この態度である。普通、いくら妹のためとはいえ、あそこまで言ってくれるお兄ちゃんはいないと思うんだけど。


「そうかよ。まあ、いずれにせよ、仲良くなれて良かったじゃん」


 恋子を追い越し、僕は先に家へと入る。

 その拍子に、不意に恋子は僕を呼んだ。


「兄貴」


 どうせまた嫌味でも言ってくるのだろうと、嫌々振り返るとそこには、夕日に染まった恋子の表情があった。頬は赤く染まり、まるで恥じらっているような表情。


「あのさ、兄貴のおかげで元気出た。何て言うか、落ち込んでるあたしがバカみたいに思えちゃってさ。あたしの努力は、やっぱり、このあたしがよく分かってる。誰になんと言われようと、跳ね返せるぐらいたくさん頑張ってきた……」


 いきなりの言葉に、僕は何を言っていいのかが分からず、そのまま黙って続きを聞く。


「こんな当たり前のことに気づけなかったあたしは、まだまだ未熟だね。それに――」


 恋子は前髪を軽く弄る。


「兄貴の言葉、たぶん……一生忘れないよ。あの言葉を胸に抱いて、ずっと頑張ってみせる」


 あと少しで緩みそうな頬を、どうにか吊り上げ、僕は素っ気なく言った。


「そうか……そいつは、有難いな」


 恋子は僕から視線を逸らす。


「ありがとね、兄貴」


 リズムよくステップを踏みながら、恋子は家の中へと入る。

 あれはきっと、夕焼けのせいだろう。

 恋子の頬が、少し赤く見えたのはきっと、夕焼けのせいだ。


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