ゲリラLIVEは突然に(終)
釈然としないまま夜が明け、僕はいま登校中である。もちろん遅刻寸前だ。小走りで街の景色を流し見して、ようやく平坦な通学路は終わる。
しかし、もうホームルーム開始五分前だというのに、何故か校門の近くには大勢の生徒が……いや、生徒だけでなく、頭にハチマキを巻いた男の姿……?
群衆が校門前を占拠しているため、入ろうにも入れない。
「な、何が起きた……?」
唖然するも、すぐに僕はきょろきょろとあたりをうかがう。状況を把握するためにな。
「おおおお! 東條! 大変なことになったぞ!」
「ああ、沢城。それにしても、これは一体どういうことだよ?」
「デンジャラスゾーンだ!」
「デンジャラスゾーン?」
「デンジャラスゾーンが……学校を占拠したんだよ!」
「はあ⁉ い、意味分かんねえぞ⁉」
ぴょんぴょんとウサギみたく跳ね、前の方を確認する沢城。
「俺もよく分かんねえ……。もうかれこれ、三十分近くこうしてるんだけどよ……」
まさか……な。昨日の恋子の言葉を思い出し、全身から一気に血の気が引いた。懐から急いで携帯を取り出し、電話をかける。ツ―コールで出た。
「おう、月人。どうかしたか?」
「玲於奈! お前なんかやったか⁉ 学校が封鎖されてんだよ!」
電話の向こうであくびをしているのか、呑気な呼吸音が聞こえてきた。
「まあな。ちょっくらサプライズしてやろうと思って」
「おいおいおい……冗談じゃない……こんなことしたらお前――」
なにやらガチャガチャと携帯を触るような音がして。
「おはよう月人。ごめんね? でも、学校からちゃんと許可取ってるの」
こいつらもこいつらだが、学校も学校だ。
「それで……? なにするつもりだよ?」
「ゲリ――」
げり? まさかそんな汚い言葉が裕理の口から飛び出すとは。ってそんなこと言ってる場合か!
「おい! なんだよげりって⁉」
「あーわりわり、いきなり裕理がうちの携帯奪うからよ。そんで、うちら今からゲリラライブすっから」
なるほど。まったくもって目茶苦茶だ。
僕はなんだか頭が痛くなり、思わずこめかみをおさえる。
「そんじゃ、ライブ開始だぜ!」
ここで電話が切れ、それと同時に人ごみにも動きが。
「おーい東條! 早くこっちこいよ!」
知らない間に随分と前のほうに行っていた沢城。遠くから手を振って急かす。
僕はとりあえず人ごみを掻い潜り、校舎の中へと入って行った。
「なんだよ……これ」
校内アナウンスを聞き、僕らは誘導だれるがままにたどり着いた場所。
「体育館が、ライブ会場みたいになってる! すげえな東條! すげえよ!」
「そうだな……」
まさかここまでとは。ちょっと普通じゃないと思ってたけど、これは、ちょっとね。
「やっほー! 今日はよく集まってくれたな! 最高だぜお前ら!」
体育館の壇上に玲於奈と裕理が登場し、会場のボルテージは最高潮に。
あれ、恋子がいない? どこを見ても恋子の姿はない。
「今日は恋子なしで、ライブを披露します。ごめんなさい、恋子を見たくて集まっくれた人は多いのに……」
そんなことはないと、ファンの人々は口をそろえて裕理を擁護する。まあ、僕からすれば、「ふざけんじゃねえぞ! そんなことあるに決まってんじゃねえか!」と、思う。
それはいいとして。
嫌な予感がする。
「あ、おい東條! どこ行くんだよ?」
「ちょっと用事を思い出した!」
僕は体育館を駆け抜け、ステージ裏へと急ぐ。
「ちょっとちょっと! ここはいま関係者以外立ち入り禁止だよ!」
スタッフがわらわらと集まり、僕を止めにかかる。
「話がある! 僕は東條恋子の兄、東條月人だ!」
一瞬みんなは動揺し、その中の一人が僕を見て言った。
「あ、ああ……この子、この前のライブで見たけど、確かにお兄さんだったな」
ぐるりと全員を見渡し、僕は小さく頷いた。
徐々にみんなは道をあけ、僕は軽く頭を下げてまた走る。
「あんた、ちょっと待って」
不意に僕の目の前に恋子と……春香⁉ どうしてそこにいる⁉
「ここから先を通るなら、覚悟を決めて」
恋子の言葉に僕は戸惑った。
「月人君……もう答えは出たの?」
春香……。
「いや、分からない……」
僕は素直に嘘偽りない気持ちを言った。だって本当に分からないし、結局答えも出ていない。
「じゃあどうしてここまで来たんだっつうの」
「だってそれは……」
「それは?」
別に恋子は怒っているわけでないのに、僕は気圧された。
「きっともう、答えは出てるんだよ、月人君は」
「そうそう、春香ちゃんの言う通りでしょ。そうじゃなきゃ、わざわざここまで足を運ばないって。あんたは裕理と玲於奈の思惑に気づいたんでしょ?」
「まあ……な」
なぜ裕理と玲於奈がこんな突然、しかも学校でゲリラライブを催したのか。それをちゃんと考えれば、分かるはずだ。
二人の性格をよく考えてみろ。
僕の答えを待つとか言ってたけど、そんなはずがない、そんなことができるやつじゃない、そんなのはすぐに分かりそうなものだ。
つまり。この時、この学校で、このタイミングで、僕の答えを欲している。
「僕は」
しっかりと前を向き言う。
「僕はもう決めた! 僕はもう決めたんだ……だから、そこを通してくれ」
春香と恋子は顔を見合わせ、くすりと笑う。
「まあ、あんたの答え、なんとなく想像できるけど……といかく行ってきなよ」
「ありがと、恋子」
「月人君は、やっぱり月人君だもんね。うん、行ってらっしゃい」
「なんだよそれ、まあいい。行ってくる」
恋子と春香の間をすり抜け、僕はステージに躍り出る。
「玲於奈! 裕理! 聞いてくれ!」
会場は一気に静まり返り、視線は僕へと集まる。
さっきは遠巻きからだからよく分からなかったけど、どうもこの二人は学校の制服を衣装に選んだようだ。
「遅っせえよ、月人」
「もしかしたら来ないかもって思ったけど、杞憂に終わったわね」
「行くさ。僕はもう逃げないって決めたから」
「それで?」
玲於奈は会場から僕へと身体を向けて言う。
「もう、答えが出たんだな?」
「ああ、ばっちり」
二人は同じように不安な表情をする。
様々な記憶が走馬灯のように駆け回り、なんだか感慨深い気分だ。もしあの時、恋子から秘密を教えてもらわなければ、きっと今の僕はいない。
たぶん……春香と緩い日常を過ごしながら、のんびりと退屈な人生を送っていたことだろう。悪くはないけど良くもない。そういう人生になるはずだった。
でも、違う。それはもう過去だ。愚人は過去を語り、賢人は今を語り、狂人は未来を語る。それならば、僕は今を語ろうじゃないか。
ああ……そうとも。これが僕の出した答えだ!
「悪い! 答えが出なかった、それが僕の答えだ!」
「「え?」」
あっけにとられている二人は気にせず、話を続ける。
「散々考えた……悩んでも悩んでも、結論を出せなかった。過去を振り返ったり、未来を想像してみたり、あれこれ考えたんだぜ?」
ギュッとこぶしを握り締める。
「でもさ、過去はもうどうにもできないし、未来なんてなおさらだ。だから僕は今を見つめて……考えた」
なかなかライブが始まらないことにイラついた客たちが、僕らに向けヤジを飛ばす。僕は掻き消されないよう、大きな声を出した。
「だから! だからこそ! 答えは出せないし、出すつもりもない! それならさ……後は成り行きに任せてみようぜ⁉」
「ちょっと待て、なんだよ成り行きって……?」
「成り行きは成り行きだ」
「私たちをナメ腐っているのかしら?」
「違う。そうじゃない! 僕とお前たちが仲良くなったように、僕と春香が仲直りしたように、時間に任せるんだよ!」
「呆れたわ」
裕理は言う。
「呆れたわ……まったく」
「同感だぜ。もう、意味分かんねえよ、まじで」
裕理と玲於奈は、恋子と春香がやったように、顔を見合わせ、そして静かに笑うのであった。
「あーあ、ほんとバカみたいだぜ、うちら」
「本当よね、ちょっと期待しちゃったあの気持ちを、返して欲しいぐらいよ」
「ああ、悪い!」
「最悪だよ、月人は……」
裕理が言ったのか、それとも玲於奈が言ったのか分からないが、小さな声でそう言った。
僕はマイクをスタッフからふんだくって、叫んだ。
「観客の皆さん! 今のはライブパフォーマンスの一環です! これから二人が歌ってくれる曲にぴったりなシチュエーションを、僕らで再現してみたんです!」
「は、はあ⁉ おい月人! どういうつもり――」
唇の上にそっと人差し指を添え、言葉を静止した。
「それでは、お聞きください! デンジャラスゾーンの新曲、タイトルは……ゲリラライブです!」
スタッフはざわざわと騒ぎ出し、曲目を勝手に変更されたことで大慌てな様子。
ちょっと前に僕は、恋子から新曲が近々発表されるって話を聞いて、既にどんな曲なのかは知っている。甘酸っぱい恋愛模様を描いたこの新曲。
僕が言った通り、さっきのシチュエーションにぴったりだ。
しばらく裕理と玲於奈はしきりに瞬きを繰り返していたが、一度こくりと頷くと、アカペラで歌を歌い始めるのであった。
恋子がいなくてよかった。本当にそう思う。だって恋子がいたら、音痴な恋子がいたら、アカペラなんてできなかっただろう。
観客は手拍子をして、一気に盛り上がりを取り戻した。
ステージから下り、僕は裏に回るとスタッフの人からこっ酷く怒られた。けどそれと同時に、なかなか面白いパフォーマンスをやるじゃないかと、褒められたりもした。
まあ、結果オーライだな。
遠まわしに僕にフラれた裕理と玲於奈は、すっかりそんなことは忘れ、歌うことに、楽しむことに、観客と一つになることに夢中である。
「お疲れ、兄貴」
「本当に疲れたぜ……今日はもうこれで動けない」
「それにしても、予想通りだったんですけど」
「そうか?」
「あんたらしいていうか、うざいっていうか、むかつくっていうか、そんな感じ?」
「ほぼ悪口じゃないか」
「そうかもしんない」
珍しく満面の笑みを浮かべる恋子を見て、僕はこっそりと心の中で思った。
僕にだって好きなやつがいるんだぞ?
誰にも言えないし、言うつもりもないけど……。
僕はお前……恋子のことが、好きなんだって。
兄妹だから、許されない恋だってことぐらい分かってる。でも、誰にも言わないなら、それでもいいよな。僕の心の奥底にしまいこんで、ちょっとした拍子に、思い出すのも、まあ悪くないぜ。
こうして、僕の短い青春は幕を閉じ、またモテない生活に逆戻りするのであった。




