僕の日常はいたって普通 その①
「――さあ! 今日はゲストに、人気アイドルグループ『デンジャラスゾーン』をお呼びしています。それでは、どうぞこちらへ」
黄色い歓声が沸き起こり、テレビを通しても伝わるこの熱気。
いかに人気があるかを物語っている。
「みなさん、おはようございます」
グループのリーダーと思しき、長髪の男性が言う。
「このような人気番組にお呼びしていただき、大変光栄に思っています。短い時間ですが、今日は新曲を披露するためにやってきました」
後ろ髪を一つに束ねた、別のメンバーが話す。
「とてもロックな曲調になっているので、色んな方に楽しんでもらえる作品に仕上がっていると思います」
またまたメンバーが変わって、今度はショートカットの美少年。
「今からやるミニライブを聞いて、いいなって思ったら買ってくれよな!」
朝のバラエティー番組を見ながら、ソファでごろごろ。床でごろごろ。ボーっとテレビを流し見して、ふと、記憶を振り返る。
退屈だった高校一年生。
勉強を頑張るわけでもなし。部活を頑張るわけでもなし。ただただ漠然とした日々を、僕は過ごした。友達がいないわけではないが、友達が多いわけでもない。
だから僕は、この春休みという短い期間ですら、暇をもて余す毎日。
しかし、そんな日々も、とうとう終わってしまう。何をするわけでもなく、家でだらだらと過ごしていたこの日々とは、しばらくお別れだ。
今日は春休み最終日。
たまりにたまった宿題は、まあとりあえず、後でやろう。面倒なことを後回しにするのが僕の悪い癖。小学生の頃は、こんなに怠け者じゃなかったのにな。
けれどまあ、悪くない。
多忙な日常に忙殺されるよりは、こうして寝転がっている方がだいぶマシである。まだ起きたばかりだと言うのに、早くも眠気が押し寄せる。あくびを噛み殺し、僕は起き上がった。大きく伸びをして一気に脱力。
「なんだ、あんた起きてたんだ」
リビングの入り口に目を向ける。そこには、肩のあたりまで伸びた髪の毛を、手櫛で整えながら突っ立っている寝巻き姿の妹が。
「ああ、おはよう恋子」
僕、東條月人の妹、東條恋子だ。高校二年生にして十七歳の僕。そして中学二年生にして十四歳の恋子。年齢はさほど離れていない。寝癖を手で整えているが、ひょこひょことアホ毛が立ち、苦戦している様子。
「ったく、朝からほんと話しかけないでよね」
別に嫌みでも何でもなく、たんなるコミュニケーションのつもりなのだろう。恋子にとってすれば。
「お前はどうして、そう僕のことを邪見に扱う。もっとお兄ちゃんを敬え」
首を傾け、頭に疑問符を浮かべる恋子。
「お兄ちゃん? 誰それ」
「おい、真顔でそういう冗談を言うのはやめろ。傷つくから」
「冗談じゃなくて悪口だけど」
互いに目を合わせて睨み合う。「怒った顔も可愛いな」とか、考えちゃってるあたり、僕は相当なシスコンなのかもしれない。いや、違うか。恋子のことは本当に大切に思ってるし、可愛がっている。けどこれは、シスコンなどという邪なものではなく、単なる兄妹愛だ。そう、兄が妹を可愛いと思うのは必然。問題などない。
「何見てんの? キモイからさっさと消えてよ」
「そうツンツンするな。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」
自分でも、どうしてこんなことを口走ってしまったのか疑問だ。恥ずかしさから自然と目を逸らし、横目で恋子の様子をうかがう。
「べ、別にお兄ちゃんなんかに褒められても……嬉しくなんてないんだからね!」
はい。これ模範解答。
じゃあ次。
「はあ? あんた頭大丈夫? とりあえず病院行ってきなよ。それでそのまま、一生帰って来なくていいから」
現実は厳しい。十七歳にして僕は、世間の厳しさを目の当たりにした。微妙な雰囲気が流れたところで親父が登場。
「おお、早いな二人とも」
どうしたらそんな寝癖ができるのかと思うほど、親父の髪の毛は爆発していた。芸術は爆発。ある種、芸術性を帯びている親父の髪を見て、僕は納得した。
「別に早くないだろ。もう9時だぞ?」
「まだ9時、だろう」
まあ、タクシードライバーという職業柄、親父は一般人と生活のリズムが異なるのは否めない。
「お袋の仏壇、もう掃除しといたから」
「そうか。ありがとう」
僕に一言礼を言う。親父は恋子の頭を軽く撫で、食卓に座った。きっと僕が恋子の頭に触ろうものなら、一瞬で叩き落されてしまうだろう。
「かれこれ母さんが死んで三年近く経つけど、どうだ? もう慣れたか?」
恋子は親父の対面に座る。先に反応したのは恋子。
「まあ、あたしはもう平気だけど。そこのバカ兄貴はどうなんだろうね」
人をバカにすることしか脳内にないのだろうか。恋子は。
「バカ兄貴じゃない。お兄ちゃんと呼べ、そこの元ツインテール」
顔を真っ赤に紅潮させ、恋子は腕をぶんぶん振り回す。
「ちょ、ちょっとそのことはもう忘れてよ! ほんと黒歴史なんだから、それ……」
一応説明しておく。恋子は今年の春休み中、何を思ったか、一度だけ髪の毛をツインなテールにしたことがあった。親父と僕からすればかなり好印象だったけど、どうにも恋子の女友達にバカにされたらしく、それ以来、テールなツインは卒業してしまった。
親父は「はは」と、笑う。
「またツインテールにしてくれよ。俺も月人も、ツインテールは大好物だからさ」
父親として、今の発言はどうなのだろう。大好物……、かなり気持ちの悪い表現だ。恋子はジト目で僕らに視線を送り、まるでゴミ屑でも見るかのような表情である。
「おい恋子、どうして僕までそんな目で見る? 見下すのは親父だけにしてくれ」
「どうせあんたも、ツインテール最高とか思ってるんでしょ? まじ変態。まじロリコン。まじシスコンなんですけど」
納得がいかない。ツインテールが好きなだけで、何故そこまで言われなければならないのか。変態じゃないし、ロリコンでもない。シスコンは一先ず置いておいて。
「ツインテール……、イコール変態? ロリコン? それはお前の先入観だろうが」
「根拠ならあるんですけど?」
恋子はすぐに反論。
「あんたの部屋に、ツインテールのロリっ子が表紙のエロ本が――」
「いい、もういい! 言わなくていいからそれ以上!」
一旦投下してしまった爆弾は、もうどうすることもできない。無慈悲にも恋子は、僕への精神攻撃を続けた。
「『小好き? 中好き? ううん……大好きだよ、お兄ちゃん』だっけ?」
「うわああああああああ!」
発狂する寸前で、僕は思いとどまった。つもり。けどやはり、感情というものは、簡単に制御できないようだ。
色々と言い訳をしたいことがあるものの、今はとにかく部屋に引きこもりたい。
ふと親父を見ると、達観した眼差しでテレビに視線を送っていた。
「それにしても、母さんが生きてたら俺は何かと虐げられるからな。やっぱり死んでくれて良かったかもしれない」
さらっと酷いことを言ってはいるが、素晴らしきかな、男という生き物は実にエロに関しては協力的である。いわゆるブラックジョークを言うことで、それとなく僕へのフォローというか、話題転換をしてくれたのだ。親父のこういうところは嫌いじゃない。大好きだ。
「お父さん、お母さんがいつもお父さんを虐げてたのは、お父さんに原因があるでしょ?」
恋子は親父をやや睨む。
「分かってるよ、そんなこと。ろくに家族の面倒も見ないで仕事ばかりしていたからな」
恋子は首を左右に振った。
「そうじゃなくて、年頃の娘がいるのにエッチなものばかり買ってくるから、お母さんは怒るんでしょ」
決まりの悪くなった親父は、恋子から目を逸らす。
「さてと、それじゃあ俺は仕事行くとするか」
椅子から立ち上がり、親父はリビングを出て行った。親父に続いて恋子も立ち上がる。
「それじゃ、暇な兄貴とは違ってあたしは多忙だからさ」
こちらを一瞥すると、少しだけ頬を緩ませた表情で恋子は去った。これが東條家の日常。これが僕の日常だ。




