高音
ヒトケのない夜道を歩いていると向かいから大きな芋虫がやってくる。
黒い顔、薄茶色のカラダ、サナギになる直前のカブトムシの幼虫に似ている。
道路ギワに生えた電柱を基準に目測をとったがなかなかに大きい。
直径三メートル、高さ十五メートルの円柱を横にした程度の大きさだ。
全身をうごめかせ、大量の足をワキャワキャさせながらこちらへ近づいてくる。
道幅が充分にあるためすれ違うには問題はない。
ボクが左へ避けると、芋虫も気がついたらしく進行方向をボクの反対側へ寄せた。
目の前まで来て初めて気がついたが、上に男の子が乗っていた。
その顔には見覚えがあったがたぶん気のせいだろう。
芋虫とすれ違い、五秒もしないうちにボクの昔のあだ名を呼ぶ声がした。
上を見上げるが、何事もないように男の子は夜空を仰いでいる。
「こっちだよ、こっち」
その声は背後から聞こえた。
振り返ると芋虫が身をよじってこちらへ顔を向けている。
巨大な頭部がすぐ目の前だ。
「ひさしぶりだね」
口元の、アゴなのかキバなのかわからないモノを器用に動かしながら話しかけてくる。
その声で、なんとなくだが思い出せた。これは学生時代の友達だ。
名前と顔は忘れているが甲高い特徴的な声だけは覚えていた。
男とは思えないほどのソプラノボイスで、こいつはよくからかわれていたのだ。
声の高さはどうやら健在のようだ。
『つ』の字に曲げた友達のカラダで道路を封鎖したまま、お互いの近状を交換し合う。
会話のなかで、上に乗っている男の子の正体が友達の子供なのだと知らされた。
「昔のお前にソックリだ」という社交辞令のような言葉に友達は下半身を大きくバタつかせた。照れなのだろうか。
しばらくそのまま取り留めもない話をつづけていると、上に乗っている子供が友達の背中をかかとでけりつけて退屈を伝え始めた。
軽い別れのあいさつをして、友達は元のように道にたいして平行になり移動を始めた。
名残を惜しむこともなくボクも元のように家路を急いだ。
背後で、ご機嫌な甲高い声が響いている。どこかの国の古い軍歌だ。
友達を真似て男の子もたどたどしく歌う。
歩みを進めるうちに背後から聞こえるふたつの歌声はフィードアウトしていく。




