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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第〇章 ──ひとりぼっちの帰り道──
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Episode09 ただの飼い主じゃないですな


 ワンちゃんからそっと手を離した私は、膝を抱え込んで体育座りになった。そうして口元を膝に隠したら、なんだか自分が小人になったみたいだった。

 小人になった私に、もう今にも沈みそうな夕陽が正面からきらきらと差し込んできた。目を開けても、閉じても、視界のどこかであの夕陽がぽかぽか燃えてるのが感じられる。

 ワンちゃんに触っているわけでもないのに、暖かかった。肌から染み込んだぬくもりは少しずつ身体の奥にまで行き渡って、そうしたらよく冷えていた心がふわりと軽くなった。

 そうだよ。どうして私ったら、今の今まで忘れてたんだろう。こうするのが気持ちよくて、ちょっと気持ちを前向きにできるんだってこと、私、前から知ってたはずなのに……。

 さすがに眩しいのがつらくなってきて、私もふたりに倣って、目を閉じてみた。光の色が、また優しくなった。


 名前を呼ぶ人の声が聞こえてきたのは、その時だった。

「まるー? まる──!」

「どこにいるの──!?」

 後ろからだ。『まる』……?

 気付いて振り向こうとした時だった。それまでじっとしたまま動かなかったはずのワンちゃんが、急にぱっと目を醒まして立ち上がったんだ。しかもそのまま私の方へ飛びかかってきた!

「きゃあ!?」

 びっくりした上にワンちゃんの体重が胸にのしかかって、私は思いっきり地面に押し倒された。

 信じられない! ワンちゃんったら押し倒した私の身体の上、踏み越えていった!

 痛たた……。後頭部、地面に打ち付けちゃったよ……。頭を手で押さえながら私は改めて後ろを振り向いて、そこに立っていた二人の大人の人たちのもとにワンちゃんが駆け寄っていくのを目にした。


 まさか、飼い主さん──。


「ここにいたのか! 心配したんだぞ、“まる”!」

「“まる”、無事で良かったわぁ……!」

 ワンちゃんを抱き上げた二人は、代わる代わるにそう言ってワンちゃんを撫でていた。

 そっか。あの子の名前、“まる”っていうんだ。何て言うか、うん……すっごく似合ってると思うな。まだ押し倒されたショックと痛みから立ち直れなくて、ただひたすらぽかんとしながら私はその光景を見つめていた。

 少しして、胸の奥の方で生まれた安堵の思いが、じわじわと全身に行き渡り始めた。


 良かった。

 良かったなぁ。

 これであの子、ちゃんとおうちに帰れるんだ。

 初めて会ったあの時、放り出さないで良かった。

 うん、ほんと、良かった……。


 安心したせいかな、ぼうっと意識が飛んじゃってた。気が付いた時にはすぐ目の前に、飼い主の二人が歩いてきてた。

「あの、失礼ですが……もしかしてあなたがうちのまるを見つけてくれたんですか?」

 そうだよねそうだよねって言いたげに、背後でワンちゃんがぴょんぴょん跳ねてる。飼い主さんのもとにいても落ち着きないんだなぁ、あの子……。あ、だからはぐれちゃったのか。

「私……だと、思います」

 何となく答えることに自信をなくして、私は小さな声でそう答えた。

 私の反応(リアクション)は小さかったのに、飼い主さんたちの反応は大きかった。女の人の方が、いきなり私の手を握ってきたんだ。

「ああ、あなたは私たちの恩人だわ! 私たちも必死に探していたんだけれど、見つからなくてね……!」

「ぜひ名前と連絡先を教えてください、お礼がしたい! あ、私共(わたくしども)はこういう者です。お見知りおきを」

 ちょ、ちょっと待って、頭が追い付かないよ……。

 連絡先って言われて携帯を取り出した私に、飼い主さんが差し出したのは和紙で刷られた名刺だった。何、この肌からじかに伝わる高級感。そう思いながら何気なく名前を見て、絶句した。

 『株式会社東野生命保険・代表取締役社長 祐天寺(ゆうてんじ)博孝(ひろたか)』──そう書いてあったんだ。しゃ、社長!? 生命保険会社の社長さん!?


 二人は夫婦だった。旦那さんの方が生命保険会社の社長さんで、奥さんはその秘書。住んでいるのはすぐ近くの丘の上にある、高級住宅街の田園調布なんだそう。

 めっちゃくちゃお金持ち──らしい。高そうな服を着てるのを見て、そうなんじゃないかって思った。制服姿の私がみすぼらしく見えて、ますます私、肩身が狭くなる。

「藤井さん、ですね。このたびはうちのまるを本当にありがとう。都合のいい時に連絡してもらえれば、お宅までお迎えに上がりますよ」

「遠慮しないでいいわ! 東京一高級なお店のお菓子だって振る舞ってあげるからね!」

「とっ東京一!? そんな、私──」

「いいから!」

「いいから!」

「あ……ありがとう、ございます……」

 遠慮の言葉が何度も浮かんだけど、ついに断り切れなかった。いいのかな……。私、ただワンちゃんを保護してあげただけなんだけどな。

 まだ夢見心地でいた私に、何度も振り返ってお礼を言いながら、二人とワンちゃんはお家に帰っていった。

 最後にワンちゃんにばいばいって言ってあげることすらできなかった。飼い主さんの肩書きに、ただただ圧倒されるばっかりで……。


 でも、仲良さそうに遠ざかっていく飼い主さんたちの背中は、大金持ちでも何でもない普通の幸せな家族に見えて。

 ちょっぴりまた、淋しくなった。





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