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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第〇章 ──ひとりぼっちの帰り道──
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Episode08 夕陽の部屋の悩み相談




 例によって横倒しにした自転車で、ワンちゃんは楽しそうに遊び回ってる。ふさふさした毛並みは陽の光を浴びて金色に輝いて、そのせいかな。余計にかわいく見えるよ。

 そんなワンちゃんを眺めつつ、たまに流れゆく多摩川の川面を眺めつつ、おばあちゃんの隣に腰掛けた私は、がんばってすべて話してみた。

 みんなと遊びたいのに、帰らなきゃいけないこと。

 ひとりぼっちの帰り道が長くて、淋しいこと。

 楽しいことが見出だせなくて、通学が苦痛にしか思えないこと。

 誰かに話したのは初めてだったと思う。だってクラスのみんなに話したって、どうにもならないし。お母さんに話したって、どうせ『安全第一でしょ!』って答えるに決まってるんだもん。

 ──って、それで思い出した! もう日が暮れちゃうよ! 太陽が沈むまでに帰るようにって約束だったのに!

 ああ、もうぜったい手遅れだ。お母さん怒ってるだろうな……。わざわざ怒られに家に帰るなんて、イヤだよぉ……。

 話しながら危機感が襲ってきて、もう心の中はごちゃごちゃだった。それでも何とか話し終えられた。


 なるほどね、っておばあちゃんは言った。

「つまり帰り道が楽しくさえなれば、解決するわけかい?」

「すると思います」

 たぶん。たぶんだけど。

 おばあちゃんの目は笑っていた。すぐそばに生えてる一輪の花を手に取って、おばあちゃんはそれを私に見せてくる。これ、さっき私が座ったあたりに咲いてたのと同じ花だ。

「綺麗な花だろう」

 頷いた方がいいのかな、これって。迷って頷いてみる。

 今になって思いだした。この花、確かヒメジョオンだ。夏から秋にかけて咲くっていう、薄い色のかわいい花。花言葉は……ええと、何だっけ。

 悩む私を見て、おばあちゃんの笑みは目から顔全体に広がった。

「綺麗な花を見つけた。──たったそれだけのことを楽しいと感じる人間だっている。あんたは、そういう人間にはなれないかい」

「……えっ?」

「そういうことなんだよ。とどのつまり、絶対的な幸福も、誰もが楽しいと感じる物事も、この世にはひとつもないのさ。楽しいと思おうとすれば、どんな逆境も楽しめる。逆もまた然りだよ」

 さっきから言ってることが難しくて、よく分からないよ……。

 河原に轟音が響き始めた。ものすごい速度と音を巻き上げながら、また新幹線が橋を渡っていく。そっちに気を取られたのかな、それまで自転車でじゃれていたワンちゃんがぴくっと動きを止めた。

 そのふさふさした背中を、おばあちゃんはそっと撫でる。あ、いいなぁ。私もなでなでしたい。

 するとおばあちゃんが、すかさず言った。

「ほうら。今、自分で楽しみを見つけられただろう」

「!」

 言われてみれば、その通りだ。手を伸ばしかけた状態のままで固まりながら、直前まで抱いていた『撫でたい』っていう気持ちの余韻を、私は確かに感じた。


 そっか。

 ワンちゃんをなでたい、っていう程度の思いでも、それは私の心を前向きな方向に転がしてくれるチカラになるんだね。


「楽しくない楽しくないって考えているうちは、本当の楽しさは見えなくなるもんだよ。──それにしても、これだけぽかぽかしていると眠くなるねぇ……」

 欠伸をひとつしたかと思ったら、おばあちゃん、ごろんとその場で横になっちゃった。羨ましいって思おうとしたけど、なんだかそれもおばあちゃんに見透かされてるような気がして、悔しいから全力で抵抗してみる。眠くないもん。私は断じて眠くないもん。

 おばあちゃんの手を失ったワンちゃんが、くーんって鳴いてる。本当はちょっと怖かったけど、勇気を出して私も触ってみることにした。

 わあ、柔らかくて温かい……。幸せだ……。

 私の感じた幸せが、指を伝ってワンちゃんにも伝わったのかも。もう新幹線は走って行っちゃったのに、橋の方を向いたままワンちゃんもおばあちゃんみたいに、目を閉じた。




 不思議……。

 ワンちゃんもおばあちゃんも眠っちゃって、私はひとりぼっちだ。

 なのにぜんぜん、淋しくない。ひとりで起きてる気がしないよ。





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