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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第五章 ──また明日って言いたくて──
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Episode09 Like a flower.




「お待たせ……って、その子どうしたの」

 ハンカチをしまいながらやって来た明穂が、私の隣を見て尋ねた。

 龍生くんがびっくりしたように振り返る。その肩がまだ震えているのを見て、私は答えた。

「迷子みたいなの。どうにか、してあげたいなって」

「どこにいた子?」

「すぐそこ」

 立っていた場所を指し示す。どんどん夕陽が傾いていっているせいで、私たちのいる日向とは明るさにすっごく差ができてる。真っ暗だ。

「連絡先とかの目星もつかないんだよね……。持ち物、みんな確認したんだけど、緊急連絡先の書かれた紙も見当たらないの」

「そっか……」

 難しい顔をしながら、明穂が私たちの隣にしゃがみ込んだ。突然のことでびっくりしてるのは、明穂も同じみたい。

 龍生くんの震えが、少し、強くなった。

「……もう、何十分も経っちゃった。ママ、きっと、すっごく遠くにいるんだ……」

「…………」

「会いたいよ……会いたいよ……ぉ……っ」

 どうしよう、どうしよう。気持ちがまた高まってきちゃってる……。

 顔を見合わせた明穂が、背中を見る。そうだ、さすって落ち着かせてみよう。手を回して丁寧に撫でてあげる。震えと柔らかな温もりが、じかに私に伝わってくる。

「大丈夫」

 何か声をかけてあげたくて、口を開いた。なんの確証も持ち合わせていなかったけど。

「絶対に見つかるよ。お姉ちゃんたちがついてるんだから」

「……ほんと?」

 龍生くんが顔を上げた。精一杯の笑顔を作って、不安を覆い隠した。

 きっと見つかるよ。だって、こんなにマイナスが積み重なっているんだもん。何十分も独りでこの街を彷徨(さまよ)っていれば……。

 ふと、背後の植え込みを眺めた。私たちの影と影の間に空間を見出した西からの陽光が、そこに咲いている花たちを明るい色に照らしている。

 あ、ゼラニウムが咲いてる──。

 目に留まったそれに、指先で触れてみた。ほんのちっちゃな、黄色のゼラニウムの花。見間違えるはずがないや。だってさっき私、ゼラニウム柄のワンピースに目を付けたんだから。

「花言葉って知ってる?」

 龍生くん、首を振る。ついでに明穂も振った。

「花にはそれぞれ、花言葉っていう呪文みたいなものがあるんだよ。黄色いゼラニウムの花言葉は、えっとね……“偶然の出会い”っていうの」

「……詳しいんだね」

 明穂がつぶやいた。えへへー、照れます。

 今まで出会ったたくさんの人に、私も教えてもらったんだよ。だから今度は私が、教える番。

「目立たなかったら偶然の出会いも起こせないじゃない? こんなに可愛い色の花をつけていれば、誰かに見つけてもらえるかもしれない──。花が目立つ色をしているのって、そういう理由じゃないかなって思うんだ。だけど、人間は花を咲かせられない」

 うんと龍生くんもうなずく。また、落ち着いてきたみたい。

 その頬を、人指し指でぷにっと凹ませてみる。

 頬に突き立った私の指と、くぼんだ龍生くんの頬を、心地よい夕陽の光が丸く切り取って影にしている。

「だから代わりに、(わら)うんだよ」

 そっと微笑んだ。「笑っていれば幸せが来てくれるよ。龍生くんのお母さんにだって、必ず見つけてもらえる。それでも無理ならお姉ちゃんたちが頑張るよ。だから、しょんぼりするのをやめて、一緒に笑っていようよ」

「お姉ちゃん……」

「ねっ?」

 笑いかけて、指を離した。

 私の指が凹ませたその場所は、そのまま凹み続けた。龍生くんはうんって答えて、そのまま笑ってくれたんだ。

 ああ、よかった……!

 ごめん龍生くん、むしろ私が泣きそう。嬉しくて泣きそう。ビルの谷間に山手線の走る音が響き始めて、その轟音の中に何かを隠すみたいにして龍生くんから目をそらした。そらした先で咲いていたゼラニウムの花も、やっぱり優しそうな顔をしてる。

 ありがとう。助けられちゃった。

 これまでもずっと、ずっと、この渋谷の片隅で誰かを笑顔にしてきたんだね。

 電車の音が途絶えた。群生する黄色いゼラニウムの花たちを、私と、明穂と、龍生くんとで、それからもぼうっと見つめていた。




「……思い出した」

 明穂が、ぽつりと言った。






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