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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第五章 ──また明日って言いたくて──
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Episode07 ヘビーエモーション





 満腹感を抱きしめながら『Clarence』を出ると、空の水色にもかすかな黄色が混じり始めていた。

 建物が黄色く輝いているから、それに引っ張られて空まで黄色く見えるのかな? 原理はよく知らないけど、ともかくそれは夕暮れ(どき)の証し。

「食べたねー」

 また伸びをして明穂に向き直ると、明穂もうなずいてくれた。「ここ、いいね。また来たいな」

「お金は次の機会に必ずお返しします……」

 通過したバスの風圧に髪を洗われながら、暖かな空気の中で明穂が笑う。ああもう、本当に私のお財布ったらどこに行っちゃったんだろう。スリのバカ。許さないんだから。

 油断してた私が苦労するのは自業自得だけど、明穂に余計な負担、かけたくなかったのに。

 あ、と明穂がつぶやいた。

「トイレ行きたい」

「トイレ?」

「さっきのカフェで水、飲み過ぎたかも」

 あー。そもそも明穂が食べてたの、水分の多そうなパフェだったしなぁ。

 とはいっても、今さら『Clarence』に引き返してトイレだけ借りるのも……。うろうろとあたりを見回していると、明穂が線路の向こう側を示す。手元のスマホに地図アプリが開いている。

「あそこの公園に公衆トイレがあると思うの」

「じゃあ、そこ行こっか」

 地図アプリが言うなら間違いないや。歩き始めた明穂の背中に、私も従った。交差点を右に折れると、線路のガードをくぐって東側に抜けていく道がある。

 前も後ろもビルが高くて、ちっとも地上に陽の光が入ってこない。ちょっぴり肌寒いガードの下を通り抜けると、いきなり左右にコンクリートの壁がそびえ立った。『みやしたこうえん』っていうらしい?

「コンクリートの上に公園があるんだ……」

 すごい構造。思わず独り言ちると、明穂も一緒に公園を見上げた。トイレの標識がある。

「公園で待ってて。行ってくる」

 はーい、と答えておいた。先に階段を上っていった明穂に続いて、私も『みやしたこうえん』へと上ってみる。

 うわぁ、すごい──。視界がとっても高くて広い。隣を走る線路がけっこうな面積を持っているせいもあって、向かいに建つビルまでの距離が遠い。その隙間から辛うじて差し込んだ細い陽の光が、公園の一角に置かれたベンチを煌々と照らし出している。

 ちょうどいいや。そこで明穂を待とうっと。

 虫がいないのを確認して、そっと腰掛けた。そうして、目を閉じてみた。こうすると太陽の温もりをじかに感じられて、温まった心が少し、安まるの。




 明穂。

 まだ、気にしてるんだな……。


 ぽかぽかと暖かな陽の光を浴びていると、心が何だか落ち着いてくる。さっきのカフェを思い出す。ついでに、明穂の浮かべていた表情も、声も。

 私はカバンを抱え込んで、明穂の帰りを待った。

 『入試に落ちるっていうのは、その学校に求められているような人間になれなかったってことだと思う』──明穂はそう言ってたっけ。

 暗記はものすごく得意だけど、考えるのは少し苦手で、基礎は完璧なのに応用問題になるとつまづいちゃう。それが、受験生時代からの明穂の特性だった。対して、あの子の通う私立戸越英明高等学校は都内の高校の中でも進学実績がいい方で、なおかつ指導の厳しいことで有名な学校。全く志望していなかった私でもそのくらいは知っていたし、だから初めて聞いた時、びっくりした。のんびり屋さんの明穂じゃ、あの学校との相性なんて悪いに決まってる──って。

 本人だってそう思ったはず。だけど明穂は、進学する道を選んだ。

 第一志望を堂々と選んだ私とは、動機も状況も違いすぎるんだ。

 パフェを頬張って笑顔を作っていたけど、本当はどんな思いで私にお金を貸してくれたんだろう。どんな理由で私の同行を許してくれたんだろう。

 私、五反田で見かけたあの時、声をかけなきゃよかったかな。

 でなきゃ、お財布をなくすことも、お金を貸してもらうこともなかったのにな……。

 ひとりでいると気が滅入って仕方ないや。目を開いて、あたりを見た。渋谷駅の方に何本も建つ高いビルが、レコードタワーの建物の背中が、スルーしてしまったPARMOが見える。

 渋谷は、広いんだな。

 たったそれだけの景色を前にして、改めて思いを深くした、その時。






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