Episode06 甘いデザートと甘くない話
レコードタワーは山手線の線路のすぐ西側、宇田川町からはPARMOのビルを越えた先に建ってる。見上げるような高さのオーディオショップだ。さすが、『レコードタワー』。
でも結果から言うと、私たちはレコードタワーを無視してしまった。
なぜって!
右隣のビルになんかすごく美味しそうなパフェの看板が立ってたから!
『Clarence』っていう名前のカフェだった。立て看板を発見した瞬間、二人揃ってドアの前に吸い込まれた。そこでようやく顔を見合わせて、お互いの考えを確かめる。──入りたい。
「……私、お金、払えないや」
「そのくらい貸してあげる」
「ほんと!」
「わたし、普段そんなにお金使えないから、余ってるの。買い食いとかは学校から禁止されてるし」
それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。明穂の開いてくれたドアをくぐって、一緒にお店の中に入る。私がずっと暗い顔してたのを、明穂も気にしてくれていたのかもしれない。なんだか申し訳ない。
すぐに席に通してもらった。木のたくさん使われた、柔らかな雰囲気の内装のお店だ。メニューも果物を使ったパフェやクレープが中心。ああ、こういうお店、大好き! 彩り豊かなメニューの紙を広げたら、凹んでいた心にも少し、空気が入ったような気がする。
明穂が『酸味と甘味のベリー尽くしパフェ』、お金を貸してもらう立場の私は『チョコバナナクレープ』を選んだ。
一番安いのを選んだ自覚は……ある。
「んー、久々にゆっくり座った気がする」
椅子に深く腰掛けた明穂は、思いっきり天に両腕を突き上げた。「疲れたね」
うう。そのコトバ、今の私にはとっても堪えます。
出されたお冷やをちびちび口にしながら、私は控えめに首を振った。「疲れた……」
「気持ちが高ぶりすぎたんじゃない?」
「だって楽しかったんだもん……。お財布をなくしたのに気付くまでは」
「前から感情が表に出やすい子だったもんね、芙美は」
そ、そんなにかな?
確かに、受験生の頃から模試の結果に一喜一憂くらいしてたし、その様子を明穂だって見ていたとは思うけど……。そっか、私ってそういう風に見られてるんだ。ちょっと恥ずかしくてうつむいた。
下を向いた口から、ぽろっと台詞がこぼれ落ちた。
「……受験からもう、何ヶ月も経ったんだなぁ」
「……うん」
明穂も、うなずいてくれる。この子のまとう、どこかぼんやりした雰囲気だって、むかしと少しも変わっていないと思う。
受験生だった頃、成績の上下のたびに泣いたり笑ったり、気持ちまで一緒に激しく上下していた私と違って、明穂はどんな成績を叩き出しても動じない子だった。大丈夫、やるべきことはやってるからって、明穂よりも高い成績だったのに凹んで沈んでいた私のこと、何度も支えてくれたっけ。
それも今は、ずいぶん前のこと。あれから明穂がどんな日々を追って、どんな風に感じてきたのか、私には分からない。
「明穂の進学先って、確か戸越英明高校だったよね。学校生活、どう?」
お冷やのグラスに指を這わせながら、尋ねた。明穂は曖昧な顔付きになった。
「あそこの校風、知ってるでしょ」
「けっこう校則が厳しい、ってことくらいだけど……」
「すごいよ。スカート丈をチェックされるのって、わたし、あそこに入学するまで都市伝説だと思ってた」
明穂の足は膝下くらいまですっぽりスカートに隠れている。ああ、本当にきっちりしてるんだ。
「大崎じゃ、そんなことはしないでしょ?」
尋ねられて、うん、と返す。うちの学校──私立大崎女学苑高等学校は校則がうんと少なくて、制服だって存在しない。いいねぇと明穂は朗らかに微笑んだ。
「わたしも大崎女学苑がよかったな」
「……明穂も、第二志望に据えてたんだったよね」
「一応だけどね」
パフェとクレープが届いた。店員さんがトレーから器を下ろすのを眺めながら、明穂はその瞳にそっと、まぶたを下ろす。
「入試に落ちるっていうのは、その学校に求められているような人間になれなかったってことだと思う。だから、いいの。後悔はしてない」
「明穂……?」
「でも、戸越英明にいると時々、息が詰まりそうになっちゃうな」
それ以上の話を続けてはくれなかった。ほら来たよ、食べよう──。急かされるみたいにフォークを渡されて、私も目の前に置かれたクレープに視線を落とす。わっ、すっごく美味しそう! しかも可愛い盛り付け!
さすがは渋谷。見かけを裏切らない味のクレープだった。舌がとけそうなチョコの甘さと、その中に確かな芯を残したバナナの甘さ──ううん、言葉で説明するのは難しいや。とにかく美味しかった!
夢中になって舌鼓を打っている間、何度か、明穂の顔色を窺ってしまったけど。




