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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第五章 ──また明日って言いたくて──
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Episode05 一文無しの憂鬱





 ゲームセンターやスポーツ用品店の並ぶあたりで井の頭通りはYの字形に分岐して、本道は北へ向かっていく。その分岐する交差点に交番があった。『渋谷警察署 宇田川町交番』──そう書かれた看板の下に、私たちは駆け込んだ。

「財布の落とし物?」

 尋ねると、お巡りさんは奥の方を覗き込んで、すぐに首を振ってしまう。「いや、届いていないですね」

「そんなぁ……」

 まだ荒いままの息を懸命になだめながら、ついでに思いっきりため息をついた。けっこうな金額のお金、入ってたのにな……。

 私たちが渋谷初心者なんだってこと、お巡りさんは気付いていたんだろうか。調書にペンを走らせながら、左手の指を宙で回す。

「ここら一帯は人が多いからね、スリに遭った可能性も否定できないでしょう。思い当たる節、ないかな」

 そうは言ってもスリに遭ったことなんて──。

 そう答えようとした時、私の脳裏をよぎったのは、ちょうど初めて井の頭通りに足を踏み入れた瞬間のことだった。左胸に手をやる。痛みはさすがにもう残ってないや。……だけどあの時、私、誰かにぶつかられたんだよね。

「向こうから来た人に、どん、って」

「それかもしれない」

 お巡りさんは即答した。やっぱり……。

「ぶつかってきた人の特徴は覚えていますか?」

「……覚えてないです」

 覚えてないけど、ああもう絶対それだ。最悪……。うきうきしすぎてちっとも気付かなかったんだ。

「状況と時間経過から考えて、いま探しに戻っても見つかる可能性は低い。財布の特徴は署や近隣の交番にも伝えておくので、発見されたらこちらから連絡します」

 肩を落とす私たちを前に、お巡りさんの口調は哀しくなるほど優しかった。「人混みでは貴重品管理に気を付けるんだよ」

「ありがとうございます……」

 こうなったら、仕方ない。頭を下げてすごすごと交番を出る。

 私たちが話をしている間、すぐ隣でも、お母さんっぽい年齢の人が迷子の相談をしてた。こういう街の警察って、お仕事が多くて大変なんだろうな……。


 ビル群の頭越しに覗いた西陽が、並ぶ建物の高いところだけをオレンジ色に染め上げている。その明るさから取り残された井の頭通り沿いの街並みの風情は、まるで深い谷の底みたい。暗いなぁ、なんて明穂がつぶやいている。

 あーあ。

 初めての渋谷で浮かれていたらこれか。やっぱりあの法則からは逃れられないや。プラスの出来事があれば、マイナスの出来事もすぐに起きちゃうね……。

「へへ……」

 半笑いして、気持ちを切り替えることにした。そうだよ。以前、定期券を落とした時と違って、今回は定期券はあるから家まで帰れるもん。取り置きだってしてくれたし!

「あっちの方、行かない?」

 パーカーの右ポケットを確かめていると、隣に立った明穂が、デパートのさらに向こうを指差した。

「あっち?」

PARMO(パルモ)とかレコードタワーとかの方。……このへん、人、多いもんね」

 うなずく。ちょっとでいいから、人込みから離れて一息つきたいや。

 レコードタワーってあれだよね、オレンジの柱の目立つ大きなお店。そういえば渋谷のやつ有名だったなぁ。

「場所分かるの?」

「たぶん、あっち」

「連れてってください……」

「わたしも方向音痴だけど」

 しょうがないなー、って顔をして笑う明穂のカバンをそっと掴んで、私はまた渋谷の街を歩き始めた。







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