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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第五章 ──また明日って言いたくて──
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Episode04 スペイン、ゼラニウム、サイフ




 あっち行ってみようよ、と明穂が右に折れた。細い坂が長々と続いている。地図を見ると、『スペイン坂』っていうみたい。なんでスペインなんだろう?

 分からないけど、こっちの道は井の頭通りと比べれば多少は空いていて、ちょっとばかり歩きやすい。

「このくらいの人通りなら、ゆっくり散策できるよねー」

 明穂が歩く速度を落としながら言った。確かに、このくらいのスピードで歩ける方が、私も嬉しいな。

 メインストリートから一本入ったこの道にも、たくさんのお店が軒を連ねている。絶妙な上り坂のおかげで足がなかなか進まなくて、かえって店頭を覗き込みやすくて。

 一軒のお店の前で、ふと足が止まった。

「あ、あれ可愛い!」

 どれー、って明穂も立ち止まった。私の目に留まったのは、とっても彩り豊かにお花柄の散りばめられたワンピースだ。ほら、これこれ! 駆け寄って指差してみる。

「ワンピースかぁ。芙美、こういうの好き?」

「うん!」

 だって可愛いもん! 私、こういう花をあしらったデザイン、大好き!

「わたしはスカートとか選びたいなー」

 興味が出てきたのか、明穂も隣にやって来て品選びを始めた。改めて店名を確認してみる。『アパレルショップNI∀DS(ニアズ)』──やっぱり知らない名前だった。

 いま店頭に出ている商品は、何かのセールで値段が安くなっているみたい。

宮益坂(みやますざか)店が新規開店するんだって」

 壁に貼られたビラを明穂が読み上げた。「あ、地図も載ってる」

 それがどこかも分からないけど、渋谷で新しいお店を開くのって大変そう。家賃とか高そうだし……。だからセールなんだなぁと、妙に納得する。

 ということはこのワンピースも……? ちょっぴり期待して値札を見てみた。税込3999円。

 やった!

 思わず小躍りしそうになっちゃったよ。これなら今の持ち分でも、何とか足りそうだ!

「わたしはこれが好みかなー。どう?」

 明穂が白くてふわっとした生地のスカートを手に、私のところへ寄ってきた。あ、よく似合ってる。明穂の柔らかい雰囲気にぴったりだ。

「いいと思うよ! ね、買っちゃわない?」

「芙美はもうそれで決めたの?」

「もちろん!」

 胸を張って、そう答えた。

 まだ断言できないけど、見た感じ、この花柄の種類はゼラニウムかな? 私の好きな花のひとつなんだ。昔、知り合った人に花言葉を教えてもらった。確か色によって別々の花言葉があって、『偶然の出会い』とか『君がいて幸福』とか。まさに偶然の出会いだよね! (ワンピース)がいて私、幸福!

 私があんまり顔を綻ばせるから、明穂も引きずられちゃったみたい。わたしも買おうかなー、って笑ってくれたから、ワンピースを片手にレジに連れていく。

「これ、お願いします!」

「こちら一点で3999円になります」

 店員さんはにこやかに答えて、すっとお金のトレーを前に出した。すごいなぁ、やっぱりこういうところは店員さんもすっごくお洒落。ぼうっと思いを馳せながら、開いていたカバンに手を突っ込んで、財布を──。


 あれ。

 待って。

 カバン、なんで開いてるの?


「…………ない」

 つぶやいた。「お財布、ない」

 明穂も店員さんも私を凝視した。ない、ないよ。いくらカバンの中を漁っても、それらしいものは何も指先に触れてくれない。カウンターの照明の下に置いて、改めて中を調べてみる。

 それでも、ない。

「どっかに落としてきたかな」

「分かんない……。学校には確かに持ってきたはずだから……」

 私の声も、心も、どんどん細くなっていく。

 とにかく買い物どころじゃなくなってしまった。どうしよう。とりあえず最寄りの交番に行くべきかな……。しょんぼりする私を前に、

「……こちら、取り置きしておきましょうか?」

 店員さんが声をかけてくれた。






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