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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第五章 ──また明日って言いたくて──
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Episode03 はじめてのしぶや





「渋谷だー!」

 って、思わず大声で叫んじゃいたくなるような景色が、目の前に広がった。

 ハチ公口の改札を抜けて外に出れば、そこはちょうど北西の駅前広場。忠犬ハチ公の像が鎮座していて、古い路面電車も置いてあって、その先には無数の人たちの往来するスクランブル交差点が見える。わぁ、と明穂が声を漏らした。

「すっごい人だかり」

「ね! 二子玉川(にこたま)とか自由が丘より混んでる!」

 明穂が苦笑い。あ、今ぜったいバカにしたな! だけど今は憤る気持ちの余裕はないので、一歩進んで雑踏の香りに鼻を突っ込んでみる。

 スクランブル交差点を取り囲む、見上げるような高さのビル、ビル、ビル。大画面街頭ビジョンの有名なQフロントも、円筒形のSHIBUYA109も、ぜんぶまとめて視界に入ってくる! もうテンションが上がりまくりだ。

「明穂は渋谷、初めて?」

 ううん、と明穂は首を振った。「前に友達に連れられて来たこと、ある。どこだったっけ……あっちの方の劇場」

 指差したのは109のさらに奥の方。建物が多すぎて、見通しがよくない。っていうか見当すらつかない。

「劇場まであるのかぁ」

 感心したら自然と声が出た。だって何かこう、渋谷ってファッションとかスイーツの街のイメージがあったから……。

 明穂が可笑しそうな顔になった。「芙美、ほんとに初めてなんだね」

「だから言ってるじゃんー」

 私も口を尖らせた。

 そのまま突っ立っていると、呆気なく人波に流されちゃいそう。とりあえず行こう、と明穂に手を引かれて、広大なスクランブル交差点へと歩き出した。取り囲むビル群が、のっそりと腰を曲げて『ようこそ』って告げてるみたい。

 傾き始めた陽の光は、この街にはなかなか当たらない。

 まるで現実世界を離れて、どこまでも続く広大な遊園地に踏み込んだみたいな気分がした。


 道行く人たちが、すっごくお洒落に見える。

 すれ違う姿をついついじっくり観察しちゃっている自分がいる。だって、見たことないような高そうな服を着ている人が、こんなにもたくさん……。田園調布にだってこんなに見当たらなかったのに。あんまり見とれていたから、途中でどこかから差し出されたティッシュ広告を受け取ってしまった。どうしよう、これ……。

 私は他の人たちから、どんな姿に見えているんだろう。私の高校は私服校だから、明穂と違ってあんまりまとまっていないと言うか、こういうところに来るとどうしてもセンスが問われてしまう。

 今日の私の服装というと。Tシャツの上にカーディガン、その上にはさらにパーカー。下は中学の時のプリーツスカートで、背中にはリュックサック。なんちゃって制服ですらない、だけど私服と言い切れない微妙な服装。

 ああ、こんなとこに来るんなら、もっとお洒落に気を遣えばよかったな……。


「あ、美味しそうなお菓子」

 隣を歩きながら、明穂がぽつりと呟く。同じ方向を眺めてみると、パステルカラーの店先にかわいい色の焼き菓子がたくさん並んでいる。うわ、あれ何だろ。マカロン?

「ほんとだ。美味しそう!」

「なんかこの辺、チョコを手作りできるお店もあるって聞いたよ」

「それじゃ、このへんはお菓子のエリアなのかな」

 見上げた街灯に『宇田川町』の文字が見えた。そんなことないんじゃない、と明穂は笑う。

「だってほら、あれもそれもファッションブランドだよ?」

 指差した先に見えたのは、もはやどう読むのかも分からない、いくつもの英語の店名。

 へぇ、あれもファッションブランドなんだ……。私ちっとも知らなかった。恥ずかしいやら尊敬するやらで、声が小さくなる。

「明穂、服にはけっこう関心あるの?」

「こう見えてもけっこうあるよ」

 なんか、ごめんなさい。

 振り返ればデパートの巨大ビルの間に橋が渡されている。少し先からはYの字形に別れていく、この道のことは井の頭通りっていうらしい。四方八方に設置されたビジョンやスピーカーから音楽や放送がガンガン流れていて、まるでこういう雰囲気のテーマパークがわざわざ作られているみたい。

 すごいなぁ、広いなぁ。

 前をよく見ずに歩いていたら、どん、と左胸に衝撃が走った。()たた、向こうから来た人にぶつかっちゃった……。マイナス1かなって思いながら胸をさすっていると、明穂がまた笑う。

「今日の芙美、ぼーっとしてるね」

「くっ……」

 言い返せない。受験生の頃は、明穂の方がのんびり屋さんだったのに!




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