Episode02 これから一緒に遊びに行こうぜ?
「……あれ、芙美?」
制服姿が立ち止まった。うわわ、危ない危ない。思わず背中に突っ込んじゃうところだった。
息を切らせる私の前に立っていたのは、セーラー服にカーディガンを羽織った巻き髪の女の子。名前は中延明穂っていう。
「受験以来だよね? 久しぶり!」
荒い息をこらえながら笑いかけたら、明穂の困惑したような顔にも笑みが浮かんだ。「な、なんで芙美がここに?」
「それ、私のセリフだよ、どうして五反田に明穂がいるの?」
私も思わず問い返してしまった。この子の通っている高校、私も知ってる。もっと南の戸越っていう街のはずだ。おまけに家も私と同じ世田谷区の方だから、通学でこのあたりを通るはずはないんだけど。
「ちょ、ちょっと……ね」
明穂の視線が私から外れた。ふらふらと迷ったように動いて、そっか、と声が漏れた。「芙美の高校、この近くなんだったっけ」
「うん。みんなと遊ぶのも、大概このあたりだよ」
話しながら、二ヶ月ぶりくらいの明穂の姿を眺めてみる。
黒の長袖セーラー服に、紺色のカーディガン。左手に持った通学カバンは制式のものだろうか。この子の通う高校って、確か校則や制服がかなり厳しい校風だったような。
そんなきっちりとした服装とは裏腹に、明穂自身は何だかのんびりしているっていうか、どこが気が抜けているみたいっていうか。……私が言えたことじゃないや。
「帰るところなの?」
ぼうっとしていたら尋ねられた。慌てて私、頷く。
「明穂も?」
「ううん、わたしは……出掛けるとこ」
「えー、どこ行くの?」
「……渋谷、とか」
渋谷、かぁ。明穂の向こうに広がる明るい空に、とっさに『109』の文字に彩られた円筒形のビルが浮かぶ。
いいな、渋谷。私も行きたいな。生まれてこのかた十五年間、ずっと東京で暮らしてきたのに、私ったら実は一度もちゃんと渋谷に遊びに行ったことがない。華のJK(女子高生)がこんなんでいいんだろうか。
「ね、私もついていってもいい?」
ちょっぴり期待を込めて尋ねた。明穂が少し固まった。
「……いいけど、目的地があるわけじゃないよ?」
「私だってそうだもん」
明穂の表情筋から、ふわりと蒸発するように力が抜けた。「じゃあ、一緒に行こっか」
さすが明穂、優しい!
五反田から渋谷までの最短ルートと言えば、どう考えたってJR山手線だ。その山手線の駅は今、私たちの遥か後ろ。うろうろと辺りを見回す明穂の腕に、そっと触れて言葉をかけてみる。
「そしたら電車だよね? 駅、あっちだよ?」
「あ、そっか。あっちか」
明穂の言葉に合わせるように、私たちはくるりと方向転換した。すっかり忘れかけてたけど、そういえばこの子、方向音痴なんだった。
時刻は三時四十分。明穂が何のために渋谷に行こうとしているのかは分からないし、遊ぶ時間に充てるにはちょっぴり短い気もするけど、どうせ用事は何もないから構わないよね。定期券には千円くらいチャージしてあったはず。となれば、交通費も十分。
そしてそのまま、山手線を目指して駅の方に歩き出した。
◆
明穂と私は、『友達』と呼ぶには少し変わっている関係だ。
何せ、出会った場所が場所だから。二人とも中学までは完全に別々で、高校受験のために通っていた学習塾のクラスで顔と名前を知って、それで仲良くなったんだ。
幸いにして第一志望の学校も異なっていたから、ライバルだらけの塾の中でも気軽に接することができた。受験のきつさとか、疲れとか、そういうのを互いに愚痴ったり、笑ったりして。それでどれだけ受験期の私は救われただろう。勉強を一緒に頑張っているんだって、明穂の隣でなら素直に感じられて、だからこそ安心できたっていうか。
だけど、そんな私たちに、高校受験は別々の結果を突き付けた。私は第一志望校に合格。明穂は第二志望にも落ちて、滑り止めくらいの気持ちで受験していた高校に進学。もちろん言うまでもなく、私とはまるっきり別の学校。
明穂が志望校に受からなかったことはメールで聞いた。それっきり、塾に行く機会もほとんどなくなってしまったし、連絡先は交換していたけれど何となく話し掛けづらくなってしまって、今はせいぜい二週間に一度くらいの頻度でメールを交わすだけになった。
簡単に声をかけて、腕に触れて、行き先についていきたくなっちゃうけれど、私と明穂の間には本当は、そんな微妙な距離感が横たわっている。




