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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第五章 ──また明日って言いたくて──
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Episode01 始まりの予感

あなたの日々に、出会いはありますか。


これは、ある日の夕方の、ちょっとした奇蹟の物語。






 ──きれいな夕焼けが見えたなら、明日はきっと晴れになる。

 初めてそんな話を聞いたのは、中学の科学の授業の時だったような気がするな。ううん、もっと前かもしれない。具体的な時期も相手も思い出せないけれど、だからこそ、なのかな。

 いっぱいのオレンジ色に透き通った空を見上げると、溶けた熱に心がほっと暖められて、安らかになる────。




「それじゃ、また明日ねー!」


 黄色の光に塗りたくられた校舎の壁に、みんなの声が反射した。

 ちょうどポケットの定期券を確認しているところだった。談笑しながら立ち去っていく友達たちの背中に、私も声を贈り返す。

「また明日ー!」

 “また明日”って、なんて便利な挨拶なんだろうと思う。これのおかげで、私たちは“さよなら”って言わずに済んでいるんだもの。さよならは、キライ。これっきりになるような気が無意識にしてしまうから。

 楽しみに待てるような明日が来るって分かっているから、「また明日」って言える。きっと私たちは幸せ者だ。

 さ、私も帰らなくっちゃ!

 お気に入りの水色のリュックサックを背負って、定期入れはパーカーの右ポケットにイン。お財布はカバンの中。よし、と確認の言葉を口にしながら、校門を出た。

 西陽の燦々と照らし出す校門前の道は、まだオレンジにはなりきらない甘い黄色に輝いていて、それを眺めていたら私の足取りもちょっぴり、軽くなった。



挿絵(By みてみん)



 私の名前は、藤井(ふじい)芙美(ふみ)

 東京の高校に通う十五歳、高校一年生。

 そして今、六時間目の授業が終わって帰るところ。今日は部活もないし友達と遊ぶ予定もないから、この家路が一週間のうちで一番、のんびりできる時間!


 世田谷区にある私の家から、高校のある五反田(ごたんだ)の街までは、電車と徒歩を合わせて四十分くらいの距離だ。その距離を毎日、時にはラッシュに巻き込まれたり、時には空きだらけの車内でまったりしながら通学してる。

 四十分ってどうなんだろう、やっぱり普通よりは長いのかな。もともと数キロ離れた中学まで自転車通学していた私からすれば別に大したことだと思わないけど、今も周りの人から聞かれたりするんだ。『つらくない?』『退屈じゃない?』って。

 そして聞かれるたび、口には出さないけれど思うんだ。とんでもない! って。

むしろ、その逆。『たった(・・・)四十分』って思えてしまうくらい、私にとって通学時間は愛しい時間。楽しみで仕方ない時間なんだから。


 だって毎日、いろんな人に出会えるもの。

 いろんな出来事に、出会えるもの。


 高校の校門を出て西に向かう。一帯は再開発でたくさんのタワーマンションが建ち並んだ場所で、巨大樹の森を抜けるような感覚を味わいながら途中で北に針路を変える。今度はうって変わって、お店や遊び場の集まる賑やかなエリアが現れる。太くて長い道の先に、目指す電車の駅が見える。

 たったこれだけの道でも、毎日のように新しい発見があるんだ。あ、あの家のカーテンの色が変わったな──とか。あのお店、新しいアルバイトさんが入ったな──とか。あの交番のお巡りさん、今日は私に会釈してくれたな──とか。

 時にはお金を拾ったり、よそ見をしすぎて電柱にぶつかったり、変わった出来事もあったりして。

 そんなものがどうしたんだって、みんな口を揃えて言うよ。

 確かに、変かもしれない。

 でも、『いい出来事と悪い出来事は必ず釣り合っている』って聞けば、少しは興味を持ってもらえるんじゃないかなって思うんだ。




 まだまだ夕方の色には及ばない、やや傾いただけの日に照らされた午後三時半の世界。駅前の雑居ビルを通りすぎようとしたところで、道の反対側に懐かしい顔を見つけた気がした。

「あ」

 立ち止まって、よーく見てみる。すぐに名前を思い出した。見覚えがあるような顔だと思ったら、むかし友達だった子だ。

 制服姿の背中が、私とは反対の方向へ歩き去っていくのが見える。そうだよ、せっかく久しぶりに見かけたんだもん。声とかかけに行っちゃおうかな。とくんと胸がときめいて、すぐに私、道の向こうに渡る横断歩道を探し始める。


 久しぶりの友達を見かけた。

 一瞬でも嬉しいとか楽しいって思えたら、私はそれを『プラスの出来事』ってことにしてる。もちろん、反対に嬉しくない『マイナスの出来事』が起きることもあって、今までの例だとスマホを落として画面を割ってしまったり、怖い虫に付きまとわれたり……。

 そして、その『プラス』と『マイナス』の量は、帰り道を行く間に必ず釣り合うんだ。日暮れの陽光を浴びた街の中で、プラスと同じくらいのマイナスが、マイナスと同じくらいのプラスが起きて、最後は必ず『ゼロ』になる。

 それが『プラスマイナスゼロの法則』──もう三年くらい前に命名した、私だけのルール。

 だから嫌なことがあったって怖くない。きっとそのぶん、どこかで報われてくれる。──そう信じていれば、ほら。何気ない毎日が退屈ではなくなって、楽しさや刺激にあふれた空間に早変わりしてくれる!


明穂(あきほ)ーっ」


 懐かしい友達の制服姿に向かって駆け付けながら、私は声を張り上げていた。

 今日の最初のプラスは友達との再会かな、なんて考えながら。

 何かに夢中になっている自分が、楽しくて、気持ちよくて、仕方なくって。




 ちょっとした冒険をする羽目になるだなんて、その時、私に予見できるはずはなかったけど。






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