表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第四章 ──夕陽色の約束──
62/74

Episode12 無邪気になるということ


 ……そこに刻まれた名前を、何回か見直した。

 黒目瑠衣。

 何度見ても、そう書いてある。


「うそ──────っ!!」


 私は思い切り叫んだ。

 黒目(くろめ)瑠衣(るい)! どうもどこかで見たことあるような気がしてたんだ! 最近めちゃくちゃ売れてるって噂の、新進気鋭の画家さんだ!

 この前、新聞の特集記事で読んだよ! 何かすごい賞を立て続けに取ってるって!!

 どうしてもっと早く気が付かなかったんだろう⁉ 追いかけたら間に合うかな? そう思って駆け出そうとしたけど、もう黒目さんの姿は見当たらない……。

 あんまりショックで、私はへなへなとカバンの横にしゃがみ込んだ。そうと分かった途端、手にしたその絵がいっそう綺麗に見えるようになった。

 私、粗相とかなかったかな? 失礼な物言いしてないかな? ああ、不安が次から次へと湧いてくるよぉ……。




「………………」


 じっと、絵を見つめる。

 超売れっ子画家さんに、こうして自分をモデルに絵を描いてもらった。しかもそれを、タダで譲り受けた。その事実をプラスと受け取るもマイナスと受け取るも、私次第。

 つまりは、そういう事なんだな……。

 画家さん、もとい黒目さんのさっき言っていた事が、ようやく少し理解できたような気がしていた。


 考えてみれば、『無邪気』の大切さを説いていたのは黒目さんが初めてじゃない。かつて蒲田くんにも、同じ事を言われたっけ。

 難しい事、考えすぎていたのかもしれないな。昔の私はプラスマイナスゼロの法則こそ信じていたけど、それを元にその日の未来を予想したりなんてしなかったもん。ただ起こるままに任せて、やって来る出来事を楽しんでいただけだった。あの頃、今みたいな悩みを感じた事はなかったのに。

 私はプラスマイナスゼロの法則に、囚われてしまっていたのかな……。


 絵を持ったまま立ち尽くす私のスマホが唐突に鳴り出したのは、その時だった。

 電話だ。誰からだろう、そう思って画面をつけた私の目に入った相手の名前は、〔蒲田秀昭〕。

 蒲田くん⁉

 私は慌てて現実に戻ってきた。やばい、ついに我慢できなくなって電話されたか! どうしようどうしよう! あれからまだ返事なんて何も考えてなかったのに!

「…………」

 目を固く閉じて、暫し考える。このまま画面を落として通話を拒否する? ううん、ダメ。そんなの不誠実すぎるよ。さっきメールを打ち切ったタイミングだって、相当に不審だったじゃない。同じ手を二度は使えないよ。

 仕方ない、出るか。

 覚悟を決めた私は〔通話〕ボタンをタップした。


──『藤井!』

「あ、蒲田くん、あのさ」

──『決めたぞ、俺!』

「……えっ」

──『今度一緒に遊びに行こうよ! そん時の振る舞いで、お前に惚れさせる!』


 ちょ、ちょっと待って。会話の進展速度が早すぎて理解が追い付いてないんですけど。

 電話口の蒲田くんは大興奮だ。どうだ名案だろ、とでも言わんばかりに鼻息が荒い。

 と言うか、惚れさせるってっ……。


──『な、それならいいだろ? 藤井に選択権はないから安心しろよな!』

「選択権ないの⁉」

──『だって藤井さっきまで、俺への返信をずっと悩んでたんでしょ?』

 私は返事が思い付かなくなった。

 得意気なのか照れ隠しなのか、蒲田くんの声量は大きくなるばかりだ。

──『俺が藤井に相応しい男かどうか、藤井の目で判断してくれよ! な、それならいいだろー。今ここで無理に決めるより、ずっといいよ』

「う、うん…………」

──『んじゃ決まりな! 後で遊び(デート)場所の候補はメールに送っとくから!』

 うん、って今度は言えなかった。蒲田くんの変わりっぷりに、ただただ戸惑っていた。

 最後に蒲田くんは言い置いて、電話を切った。

──『言い忘れたけどさ。藤井、合格マジでおめでとう!』





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ