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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第四章 ──夕陽色の約束──
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Episode11 画家さんの残したもの


「──でもね、自分で為した事に関してまでは、脳は勝手に微調整する事ができないんだと思う。自分自身の行動を、その根拠とか理由も含めて脳はよくよく分かっているから」

 画家さんは言葉を少しずつ反芻するように、丁寧に語り続けた。そしてちらりと、私を省みた。

「もちろん、結果に運の要素が絡むような話なら、事情は変わるかもしれないね。でも受験は……違うんじゃないかな」

「…………」

 それはつまり、これから私に本当の『プラス』が来るって事なの?

 本当かな……。もう、よく分からないよ。私が結局のところ、何を望んでいるのか。混乱し始めた私に、画家さんはそっと指示を下した。

「ね。そこの植木鉢、持ってみて」

 植木鉢? ああ、フリージアのかな。

 言われた通り、両手に持った。紫色の花びらに夕陽のオレンジが被さって、妙な色合いに落ち着いていた。例えるなら何だろう、……あの空に浮かぶ、雲みたいだった。

「実はそれね、あたしの家の庭に勝手に生えてきたの。あんまり可愛い花だったから気に入っちゃって、絵に描きたいなって思ったから植木鉢に移し変えちゃったんだ」

 なんて乱暴な……。

「じゃあこの子は、自然に生きてたんだ」

 うん、と画家さんは首肯した。「この子はね、あたしに育てられたんじゃなくて、自分でこんなに綺麗に咲いたんだよ」

 ……なんかそれ、画家さんが育てても綺麗になるよって聞こえるような。

 そんな突っ込みが浮かびかけたけど、ぐっと飲み込んだ私は続きを聞いた。

「花ってさ、逆らえないじゃない。大雨にも乾燥にも」

 私の腕の中のフリージアの花を撫でながら、画家さんは言う。

「フリージアの花言葉はたくさんあるんだけどね。この紫色のフリージアには『感受性』って花言葉の他に、『無邪気』っていうものもあるんだって」

「無邪気、ですか……」

「そう知った時、何だか昔のあたしとは正反対だなって思ってね。前はあたし、君とは逆の考え方をしてた。自分の事は何もかもすべて、自分次第でどうにでもなるって思ってた。でもこの花は、そんなに厳密に考えないでもいいんだよって教えてくれた。

雨の日もあれば晴れの日もある。どっちも永遠には続かない。だから、晴れてくれないのは自分のせいだって頑張るのはやめて、今の自分に出来ることをしようよ。──そんな風に語りかけられたような気持ちになったんだ」


 ……今の私は、すべてが(プラスマイナス)で決まってると思ってる。

 確かに、逆だ。そして逆と逆の真ん中にあるのが、たった今画家さんの口から語られた話。

 私にも当てはまるんじゃないかって、言いたかったのかな。

「…………」

 実感できないと、納得って難しい。私にはまだよく分かんないよ。そんな気持ちを込めて、画家さんを見る。

 画家さんはキャンバスに戻ると、筆をそっと布巾に包んで拭った。そうしてパレットも綺麗にして、──って、あれ? もしかして帰り支度してるの?

「帰るんですか?」

 しまった、ものすごくダイレクトな聞き方をしちゃった。

 画家さんは私を見て、うん、って頷く。「あ、さっきの話通り、その絵はあげるからね」

「あ……ありがとうございます」

 となるとフリージア、返さなきゃ。私は画家さんの足元に植木鉢を置いた。葉っぱたちがさわっと揺れた。じゃあね、って囁かれた気分だった。

「そうだ、忘れてた。ちょっとその絵、貸して」

 画家さんがペンを取り出しながらそう言ったので、私の傍らに置かれていた画用紙を渡す。画家さんはそこにキュキュッて何かを書いて、また私に渡してきた。サインかな。

「夕陽、沈んじゃいそうだし、今日はもう帰る事にしようと思うの」

 言われて初めて西を見た。

 ああ、本当だ。もう太陽がビルの向こうに消えかけてる。私ももうさすがに、帰らなきゃかなぁ……。

「あの……」

「明日もまた来ると思うよ」

 ありがとうございましたって言おうとした私を、画家さんは無理やり遮ってきた。暗に、だから困った時はまた来てね、って言われたのかな。

「『プラスマイナスゼロの法則』は確かに存在するけど、いちいちプラマイゼロになってるか考えるのなんて、疲れちゃうじゃない? あたしたちはきっともっと、無邪気な態度でいればいいんだと思う。──それがあたしの、あたしなりのアドバイスだよ」


 私は返す言葉を、最後まで思い付けなかった。

 じゃあね、って画家さんは手を振る。振りながら遠くなるその背中を、私はただ黙って見送る事しかできなかった。



 ……疲れちゃう、か。

 そうかもしれないな……。


 私はカバンを置いて、絵を眺めた。

 淋しそうに微笑む女の子と、その胸に抱えられた紫色の花。綺麗な対称性のせいか、フリージアは本当に生き生きして見える。背景に射し込む夕方の強い光のせいで女の子の影がうんと暗くなっているのもまた、ふたつの違いを明白にしていた。

 上手いなぁ、画家さん。当たり前か。

 そう思って何気なく裏面をめくった私は、そこにタイトルと作者名が書いてあるのに気がついた。



『“明るい黄昏”

黒目瑠衣』





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