Episode06 そんな探し方で大丈夫か?
「──飼い主、探しているのかい?」
耳元でいきなり、そんな声がした。
うわわ! び、びっくりした────!
ひっくり返りそうになった私の目に映ったのは、自転車を倒しておいたのとは反対の側から私のことを覗き込んでいる、腰の曲がったおばあちゃんだった。
おやおや、っておばあちゃんは呆れたみたいに首を振る。
「近頃の若者はこんなに足腰が悪いのかね。この国の行く末が思いやられそうだよ」
「ち、違いますぅ……」
起き上がりながら私は反論した。違うもん。そりゃ、運動は得意なわけじゃないけど、こうやって毎日のように自転車に乗って通学してるもん。
「冗談の分からん子だね」
くっくっく、っておばあちゃんは笑う。ちらっと横を見たら、ワンちゃんもおばあちゃんのことをじっと見つめていた。この子もびっくりしてるのかな。
それで、とおばあちゃんは私を見た。
「その子犬、あんたのじゃないんだろ? 飼い主は見つかったのかい?」
「……どうして、私が飼い主じゃないって分かったんですか?」
「だってあんた、制服を着て通学カバンも持ってるじゃないか。学校に飼い犬を連れていくほどの非常識な子には、残念ながら見えなくてねぇ」
言われて気付いた。そっか、そういえば私、カバンを持ってたんだったね。今は前に抱えてるけど。
図星だろ、なんて言いたげににまって笑うおばあちゃんに、渋々、私は答えた。
「その通りなんです。……でも、飼い主さんがさっきからぜんぜん、見つからなくて……」
「飼い主の素性は、何も分からないのかい」
「全く何も……」
「ふぅん」
おばあちゃんは唸った。今度は呆れたっていうか、興味を持ったみたいだった。
着ている服はよれよれだし、顔もちょっと怖いし……。このおばあちゃん、誰なんだろう。飼い主さんの素性以前に、このおばあちゃんが怖いよ。
だけど私、逃げられなかった。ワンちゃんも逃げようとしなかったし、何より──きゅっと細くなったおばあちゃんの目が、なぜかすごく優しく見えたから。
「よしきた。ちょっくらこのばばあが、手伝ってやろうかね」
言うが早いかおばあちゃんは、背筋をぴんと伸ばして立ち上がった。
それから目を閉じて、辺りをぐるりと見回す。
え……えっと、何、なさっているんですか?
「おばあさん、あの」
尋ねた私の声を、おばあちゃんは強引に遮った。
「静かにおし! 今、探しているんだよ」
そんな理不尽な!
何がなんだかさっぱり分からないで呆然としていたら、わう、って声がした。私の横に歩いてきたワンちゃんの声だった。ワンちゃんも心配してるのかもしれない。初めてワンちゃんと気持ちが一致したような気がして、なんだか不思議な気分がした。
二十秒くらい経った頃かな。おばあちゃんは目を開けて、私たちに言った。
「行こうかね」
ちちちっ、ちちちっ。
可愛らしい声で鳴きながら、高い空を小鳥さんたちが追いかけっこしながら渡っていく。
どこへ行くんだろう。もう日暮れも近いし、おうちへ帰るのかな。きっとそうだ、と思った。日が暮れても一日が終わらないのなんて、私たちみたいな人間だけだ。
日時計みたいに延びてきた対岸の街並みのシルエットが、ここは夜でここは昼ですって仕分けをしてるみたいに、土手上の道を夕陽色と影の色のシマシマに染めている。一歩踏み出すのももったいないって思っちゃうくらい、夕陽色の地面ってキレイだなぁ。
そんな土手上の道を、私とワンちゃんとおばあちゃんは学校の方へ戻るように歩き始めた。