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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第四章 ──夕陽色の約束──
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Episode09 おもひでぽろぽろ

「こう……ですか?」

「うん、あと左にちょっとだけ寄ってくれるといいかな。そうすると夕陽と被らないから」

「分かりました。えっと、このくらいですか」

「うん、そんなもんそんなもん」


 よっし、と画家さんは腕をまくる。握った筆も含めて、夕陽に正面から照らされたその姿はなんだかカッコいい。絵描きだけで食べているんだとしたらすごい人だなぁ、と私はさっき見た絵を思い浮かべながら感じた。専業画家なんて、こう言ったらなんだけど稼ぎとか少なさそう。

「じゃあ、始めるね」

 そう言うと画家さんは胸ポケットから鉛筆を取り出して、キャンバスにすごい速度で走らせた。当たりをつけたのかな。かと思うと筆をパレットに何回もつけて、さささーっと滑らせる。

 なんというか、すごく楽しそうだ。


「………………」

 じっと立っているだけだと暇で暇で、私はひたすら画家さんを見ていた。

 楽しそうな理由、少し分かった気がした。これが本業か副業か趣味かなんて関係ない。この画家さんはきっと、描くのが大好きなんだろうなぁ。

 好きな事をするのって、そりゃあ楽しいよね。嫌々やる事に比べたら、何倍も。極める苦労なんて何でもなくなるだろうし、疲労を感じたりもしないよね。

 私にそういうもの、あったかな。少なくとも勉強は好きじゃないや。だって、あんなに苦労したんだもん。あんなに嫌々だったもん。その結果がただの偶然の幸運(プラス)だなんて知らなかったら、努力を続ける意思も失ってたかもしれないな。


 受験勉強、大変だったなぁ……。

 あれのために毎日の楽しみだった自転車通学もできなくなったし、部活も引退しなきゃいけなくなったし。

 毎日夜遅くまで授業で、ぼろぼろにくたびれた私を待ってるのは帰宅ラッシュの満員電車で……。

 たまに遊ぶと罪悪感がひどくて、誰かに言い訳してるみたいな感じがして。息が詰まって仕方なかったし、どこまで頑張り続けなきゃいけないのかも分からなかったし、不安になったし、疲れたし、何度も投げ出したくなって…………。


 はらり。

 涙が落ちそうになって、慌てて左手で誤魔化した。

 画家さんはそんな私を見ても、真顔のまま(まばた)きもしなかった。


 これからも私、こんなんなのかな。

 頑張っても頑張っても、結果は結局その日次第で決まっちゃうのかな。言い方を変えるなら、『運』次第なのかな。

 でも実際、今日はそうなっちゃった訳だし……。


 なんか、せっかくの合格証書が、ちんけに見えてきた。

 今度は泣かないように、私は頑張って画家さんの斜め上を睨み続けた。




 ……どのくらい、経っただろう。

 画家さんはついに手を止めた。西陽か絵の具かは判然としないけど、紅くなった手をやっとキャンバスから離したんだ。

「うん、いい感じかな」

 ああ、じゃあもうじっとしていなくてもいいのか。手にした植木鉢を足元にそっと置くと、私も何となくそこに腰を下ろした。

 画家さん、満更でもなさそう。絵をしきりに眺めながら、何回も頷いてる。

「ごめんね、長いことかけちゃって。疲れた?」

「い、いえ」

 反射的にそう答えてしまう。

 すると画家さんは、ううん、って首を横に振った。……えっ?

「ほら、モデルしてもらってる間に、何回か俯いたりしてたじゃない。負担かけちゃったかなーって思って……」

 ああ、その事だったのか。

「モデルさせてもらったのはあたしだし、欲しいものとかあったら何でも言ってね? 何なら栄養ドリンクとか……」

 画家さんがあんまり大真面目な顔をしてそんな事を言うから、思わず吹き出しそうになった。違うんです、そっちの字面通りの『疲れ』じゃないんです。

 あ、でもモデル料が貰えるなら、せっかくだから欲しいかもしれない。

「じゃあ……」

 私は言いかけた。言いかけて、植木鉢に一度目を落とした。きれいな紫色の花が目に入って、また画家さんを見た。

 太陽を背にした私の側から見ると、画家さんの背後に建つ橙色の高いマンションに光が当たって、まるで光の柱があるようだった。なぜだろう、青紫の背景に乗ったその光柱は、とっても眩しかった。



 今なら、この人になら、言えるかな。

 ふと、そう思った。

 モデル料は悩み相談。そういう事にしてもらおう。





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