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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第四章 ──夕陽色の約束──
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Episode08 Tell me the reason...


 早く帰ろう。

 そう宣言したにも関わらず、私は元来た道をゆっくりと辿った。

 なんか、気持ちも萎えちゃった。余計な事なんてしないでさっさと帰れば良かったな。そしたら何も、こんなマイナス要素ばかりの目に遭わないでも済んだのかな。


 プラスマイナスゼロの法則、っていうモノがある。

 それは、私が十五年間の人生の中で見出だした、訓戒みたいなもの。良いこと(プラス)があれば同じ量だけ、悪いこと(マイナス)もある。逆ももちろん言える訳で、簡単な言葉で置き換えるなら『全ては必ず釣り合っている』んだ。

 これまでプラスマイナスゼロの法則は、私のどんな日々にも割り込んできた。 この法則があったから、たくさんの知り合いが私にはいる。たくさんの面白い経験だって、させてもらった。

 だけど今は、今だけは、その法則を信じたくない。

 転んで笑われて、悩み事が増えて、リベンジも失敗した。こんなにマイナス要素が連続しているんだから、きっとそれに見合うだけのプラスが私にはあるんだ。いや、あったんだ。だとしたらその正体は、タイミングから考えても高校の合格に間違いないんだ。


 高校受験は大変だった。勉強量も多かったし、自己管理もしなきゃいけなかった。

 そりゃ、私の受かった学校はそこまで秀才校じゃないけど、私だって人並みに努力したんだよ。なのにその結果は、プラスマイナスゼロの法則に作用されて決まるようなものだった。

 あの法則を受け入れるって事は、そう認めるのと同じ。


 そんなの、ないよ。

 私がどんなにサボってても、合格発表の日に交通事故で重傷でも負ってマイナスを稼げば、それは合格になるの?

 逆に、今日の私がめちゃくちゃツイてれば、不合格になるの?

そんなもん……なの?



 なんか、拍子抜けしちゃったよ。受験当日までの私の頑張りは、いったい何だったんだろう。

 虚しくなって、悲しくなって、悔しくて、とぼとぼと道を辿りながら私は空を見た。橙の海を漂う紫色の雲たちは、そんなの何にも知らないよってきらきらと私を嘲笑った。私を見下ろす高いビルの影が、暗かった。

 私にとってあの合格は、どれほどのプラスだったんだろう。その答え次第ではこれから先もずっと、今日という日が終わるまで、私にはきっとマイナスの出来事が起こり続ける。

 怖かった。

 ただ、怖かった。




「あら、さっきの子じゃない」


 ……その声に、私は顔を上げた。

 いつしかかなりの距離を戻って来ていたみたいだった。私の目の前には、小さなイスに座ったまま水彩画用の筆でキャンバスをなぞる女の人の姿があったんだ。

 ああ、さっきの絵描きさん。私もうそんなに戻ってきてたのか。時間が経つのって、早いなぁ。

 川の向こうの線路を、轟音を立てながら山手線の電車が走っていく。立ち止まった私に、走行音が止むのを待って画家さんは怪訝そうな声をかけた。

「どうしたの? 疲れてそうに見えるよ」

 そんなにバレバレだったのかな、私のくたびれ方。ますます暗い考え方になっていきそうで、私は頭をぶんぶん振る。ダメだよ、私。凹んだりうじうじするのは独りの時にしなさい。

 そんな私を、画家さんは描画対象でも観察するみたいにじっと見る。


 ……居づらい。というか、居心地悪い。

 画家さん、そんなにまじまじと見つめないでください……。

 あっ、私がこの場を立ち去ればいいのか。絵を描くのに邪魔って事かもしれないし。そう思いはしても、足が動かない。疲れて、或いは見つめられっぱなしで。

 すると画家さんが、口を開いた。

「……ねえ、君。被写体になる気はない?」

「ひ、被写体ですか?」

「うん。言い換えるならモデル」

 画家さんは筆を空中でひと回しした。「ちょっと行き詰まっちゃってね……。こういう時は別の視点から描くに限るんだ。ね、そこの植木鉢を前に抱えて、こっちに向かって微笑んでいるだけでいいから!」

 ええ、でも、私なんて……。確かに過去、モデルになった事はあったけど。

 渋る私を見て画家さんは顔色を変えた。「あ、モデル料はきちんと払うからね!」

 いえ、そこじゃないです私の引っ掛かってるのは。

「時間がないなら仕方ないけれど、出来たらお願い……したいかな」

 ついに画家さんは上目遣いになった。

 ああもう、と私も自棄になった。いいよ、私なりますモデルに。どうせ急いで帰る理由もないし、今さら急いだって仕方ないもん。



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