Episode07 泣きっ面にバール
「これで大丈夫じゃないかな?」
手をぱんぱんって払いながら、男の子達を見下ろした私は笑った。持ち主の子がペダルを回すと、ぐるんと回った。
ああ、この快感と言ったらないよ! ざまあみろ自転車軍団、これでもう私のことをバカにできないんだからね!
呆気に取られていた男の子達が、次々に「あ……ありがとう」って言い出した。私は余裕の笑顔で返す。すると持ち主の子が、私の右手に握られたバールを指差した。
「姉ちゃん、これ、何?」
魔法のステッキだよ──とはさすがに言えなかった。
「バールって言うんだよ。触ってみる?」
うんって言うので渡してやると、男の子たちは物珍しそうにバールを眺めた。この子達に梃子の原理を説明するのは、さすがにまだ早いかな? そんな余裕が、よけいに私の優越感を煽り立てる。
何とも形容できない清々しさに包まれながら、オトナの笑みを浮かべた私はカバンを取って、そこを離れようとした。
すっかり、忘れてた。
バールを取り出すためにカバンの口を開けてたの。
どさどさどさどさっ。
開いた口から色んなモノが雪崩落ちた。さっき受け取った合格証書一式や入学関係の資料、筆箱、おサイフ……!
「あっ」
自分で言うのもなんだけど、猛烈に間抜けな声が出た。
私はすぐにしゃがんで、落ちたモノをかき集めにかかった。まずい、まずいよ。入学関係の資料なんて特に、汚れたらまずいのに!
くそー、悔しいけどこうなったら男の子達にも手伝ってもらわなきゃ……。私は顔を上げながら、そこにいるであろう自転車軍団に向かってお願いをした。
「ごめん、ちょっと手伝っ──」
その時にはもう、自転車軍団の姿は無かった。
早っ!!
行くの早っ!!
今度は私が茫然とする番だった。視線を上げると、走り去る自転車軍団の姿が十数メートル先に見えた。
──「早く帰ってゲームしよーぜー!」
──「あ、あの姉ちゃんカバンの中身落としてるぞ!」
──「やっぱダセー!」
むかっときた。きたけどもう声は届かない。悔しさを噛み締めながら、私は散らばったカバンの中身を全て集め終わった。良かった、大して汚れてないや……。
切ないくらいに輝く夕陽が、私の足元をじわりと照らしている。うん……。私も、早く帰ろう……。
心なしか軽くなったカバンを背負った私は、後ろを振り向いた。
そこで、はっと気づいた。
バールがない! あの子たちに渡したままだ!
どうしよう。自転車軍団の姿はもう見えない。たとえ見えたって向こうは自転車、私は運動部経験者ですらないただの女子高生(仮)だ。追い付けるはずも、声が届くはずもないよ……。
「…………はぁ」
私はさっきより大きく、ため息をついた。
西日の明るさが、そろそろ腹立たしくなってきていた。




