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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第四章 ──夕陽色の約束──
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Episode02 転ぶ元受験生

 そこは思っていたよりもずっとずうっと、開けた場所だった。

 川のこっち側にも向こう側にも大きなタワーが建ち並んでいて、あとの部分は空き地になってる。そして、そこから見える広い空から、優しい色をしたお日さまが力強く光っていたんだ。

 わぁ……。

 ほんわかとした熱が私を包み込んで、私は小さく嘆息した。

 お洒落に整備された川だ。あれかな、周りの建物と一緒に再開発で整備したのかな。とんとんと何段か階段を降りた私はもう、川の向こうで燦々ときらめくあの夕陽に夢中だった。

 もしさっきの高校を落ちていたなら、こんな風にまったりと景色を眺めたりなんて、きっと出来なかったに違いないんだ。ううん、それどころか、この景色そのものに出会えなかった。そう思うと、なんだかさらに嬉しくなって。

「きれいだなぁ……」

 私はもっと夢中になって、視界いっぱいに膨らむ光の玉を眺めていた。




 はず、だった。


 きっとあれだ、何かに没頭してると自分の行動が分からなくなっちゃうやつだ。多分そうだったんだと思う。

 でなきゃ有り得ないもん。気づいた時には私の左足が何かを踏みつけていて、足を滑らせて転ぶなんて。


 バタンっ!

「痛っ⁉」

 後ろに引っくり返った私は、木で整備されたデッキみたいな地面にしたたかに後頭部をぶつけた。

 痛ったい! コンクリートとかアスファルトじゃなくて良かったけど、痛いっ!

 というか、どうして私、転んだの⁉

 ヒビが入ったみたいにじんじん痛む頭をさすりながら、涙を浮かべて私は立ち上がった。そんな私の後ろで、自転車に乗った子どもたちが笑いながら通り過ぎていく。

 会話が耳に入った。


──「見た? あそこの姉ちゃんの転び方!」

──「見た見た! マジダセぇ!」

──「向こう側から見たらスカートの中身見えたよな、ぜったい!」


「…………!」

 スカートのふちを押さえて、私は走り去る自転車たちを睨む。

 ……めっちゃバカにされた。

 いや、そりゃダサいのは私だって認めるよ! あんなマンガみたいに転んで、ダサくない訳ないじゃん! ないけどさっ!

 はぁ……。まだ頭、くらくらする。太陽がダブって見える。

 投げ出しちゃったカバンと茶封筒を拾い上げると、私はそこを離れようとした。斜めに差し込む陽の光がきらりとデッキを照らし出して、何かがキラッと光った。

「あ」

 私は三歩戻って、それを手に取った。

 光を跳ね返したのは、筆だった。先っぽが平べったい形をしているし、絵の具とかで絵を描くのに使う筆みたいだ。太くて長い持ち手は心なしかずっしりとしていて、その中頃に彫刻っぽいものが彫られていた。

 何だろう。どことなく花っぽいけど……。

 いずれにせよ、ここにあるべき物じゃないよね。手に握った私は、それがさっき私を転ばせた犯人だと確信した。持ち主が誰か知らないけど、見つけ出した暁には筆を突きつけて怒ってやるんだから。受験期を乗り越えて久々に上機嫌だった私を怒らせた罪は、重いんだからね!


 ……なんて心の中で怒鳴ったところで、見つからないものは見つからない訳で。というか、さっきの自転車軍団がいなくなっちゃった今、デッキの上には私しか見当たらない。

「…………」

 黙って周りを見た私は、筆を制服のポケットに入れて歩き出した。

 この川、もっと南の方まで続いているみたい。どうせ時間はあるんだから、ちょっと先まで歩いてみようかな。そう思い立ったんだ。

 川沿いに並んだ木々たちの間から、西陽が気まぐれで顔を出してる。影を踏まないようにして歩いていたら、何だか楽しくなってきた。



 前置きが長くなったけど。

 この日の私──藤井芙美の冒険は、こんな出だしで始まったのでした。





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