表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EveningSunlight  作者: 蒼原悠
番外編 『トワイライト・キャロリング』より
50/74

Episode∞ 忙しい中にも、幸福はきっとある。



オリジナル版の「トワイライト・キャロリング」と違い、こちらは芙美の視点からの一人称ver.となっています。

「トワイライト・キャロリング」第五話と見比べながらお楽しみください。




 今日は、クリスマス。

 正確にはクリスマスイブだ。


 十二月二十四日という日にちには、名前はない。

 クリスマスイブという役割は、後から与えられたもの。それも、キリスト教の影響下で初めて成立する。

 一億三千万人の日本人の中には、クリスマスイブなんて祝わない、或いは祝えないっていう人々もたくさんいる。宗教上の理由であったり、用事や仕事が入っていたり、祝う気になれなかったり、みたいな事情によって。


 それでも、人々に平等に舞い降りるものはあるんだ。




「──わ、綺麗」

 自由が丘駅前の広場に出てきた私、藤井(ふじい)芙美(ふみ)は、思わず声を上げた。広場の中央に設置された仮設のクリスマスツリーが、華やかな光を辺りに振り撒いている。

 私はこの近くの中学に通う三年生、つまり受験生だ。今日も昼過ぎに授業が終わったから、さっさと荷物を片付けて自由が丘駅前にある塾に通っていた。来た時はまだ時間が早かったから、気づかなかったんだろうな。

「塾を出ただけでもう、真っ暗かぁ……」

 イルミネーションを見上げると、その先に広がる遥かな空はよけいに暗く見える。東京の市街地が放つ光を反射した雲が、どんよりと立ち込めていた。

 そう言えば雪降るって言ってたなぁ、と今朝の天気予報を思い出した。寄り道が最近は日課になっていたんだけど、今日は早めに帰った方がよさそうかも。


 と。

 ヴーン、ヴーン。ポケットが鳴動してる。

「電話……?」

 私はスマホを取り出した。誰かと思えば、電話の主は蒲田(かまた)秀昭(ひであき)。友達の男子だ。

「もしもし」

 近くのベンチを適当に探して腰かけると、電話に出た。元気な声があふれ出す。

──「やっほ、俺だよー」

「どうしたの、今日は?」

──「……え、どうしたのってクリスマスじゃん」

 ああ、と私は苦笑いした。実は蒲田くんと私とは、一応付き合っていることになっているんだ。まだはっきりそうとは、認めてはいないんだけど。

 だとしても、忘れてた私も薄情だったな。そう思いながら、膝の上にカバンを下ろす。

「クリスマスだねー。まだイブだけど」

──「藤井はクリスマス、どうやって過ごすんだ?」

「塾だったの、つい今さっきまで。これから家に帰ったらケーキがあるはずだから、それ食べてまた勉強かなぁ」

──「それ普段と何が違うんだよー」

 電話の向こうの彼氏(仮)が、膨れっ面をしているのが容易に想像できた。

 そうは言うけどさ、私だってこうしたくてしてるわけじゃないんだから……。

「しょうがないじゃない、私たち受験生だよ? そんな悠長にしてる暇があるなら勉強しろって、塾の先生にも言われちゃったし」

──「うわ、出たよそういうセンコー」

「蒲田くんはどうすんの」

──「俺ー? 俺はこれから家族でお出掛けかなって言ってるけど。今年、武蔵小杉に建ったグランツリーっていうでっかい店があるじゃん?」

「ごめん、それ知らない」

──「……っと、とにかく家族で過ごすかなって」

 蒲田くんだって私と同じじゃんって、内心感じた。そんなんで、本気で彼女(仮)のことを大事にする気があるの?

 そんなことより、寒い。私は身体をぶるっと震わせながら、座る位置をずらした。ベンチが冷たい。うちの中学の制服はスカートがなかなか短いから、ベンチに触れた太ももがつらいんだ……。


「────あ」


 私の目の前に、ふわりと白いものが舞い降りてきた。


 雪?


──「どうしたの?」

「雪」

──「ゆき?」

「雪、降ってきた」

 スマホを握っていない方の手を、私は宙にかざした。お椀みたいな形にすると、ふわりふわりといくつもの雪の結晶が降りてきて収まった。

──「わ、マジだ。雪降ってる」

「ねー」

 もう夢中になっちゃって、私は少しずつ場所を変えながら、雪を集めるのに専念した。冷えた手に薄く積もったそれはすぐには融けなくて、左手が僅かに白くなった。

 暗い空から雪はぱらぱらと落ちてき続けてる。イルミネーションの光があちらこちらで反射して、雪は赤くなって、黄色くなって、はたまた青くなった。

 幻想的という言葉は、このためにあるのかもしれない。そのくらいそれは、綺麗だったんだ。


「……誰かと一緒に、見たかったなぁ」

 無意識のうちに、私はそう呟いていた。

 一人で見るのはもったいないし、寂しいよ。

──「……俺も。ホワイトクリスマスになるって知ってたら、彼女と一緒に過ごすのになぁ」

 他人事のように言う蒲田くん。

 何だか可笑しくて、私はクスッと笑う。勝手に彼女にしたの、蒲田くんのくせに。

──「ん、何?」

「なーんでもない」

──「なぁなぁ、藤井は思わないの? 彼氏と一緒に見たかったなーとか」

「彼氏より合格証書とかの方が嬉しいかも」

 いたずら心でそう言うと、今度こそ蒲田くんは完全にむくれた。声がはっきりと、不機嫌になっている。

──「つまんねーなー、最近の藤井」



 つまらないよね。

 私も、そう思うよ。

 私は心の中だけで秀昭に共感した。誰が好きこのんで、クリスマスイブにまで塾に通い詰めるんだっての。

 私だって本当は、クリスマスイブくらい遊びたい。羽根を伸ばしたい。でも受験だって、大切なんだもん。


「……私さ」

 左手に溜まった雪を一口舐めると、私は電話口に言った。

「何でもない日にもきっと、幸せってあると思うんだ。最近」

──「ん、どういう意味?」

「何気ない日々の中にも、楽しいことはあるってことだよ」

 目を閉じる。イルミネーションの光は見えなくなったけど、雪が降っている割には寒くは感じなかった。

「物事って、捉え方一つでぜんぜん変わると思うの。雪を嫌がる人だっているし、クリスマスを迎えたくない人だっているかもしれないよ」

──「うーん、その感覚、俺にはよく分からないや」

「街にイルミネーションが点っていて、雪が舞っているってだけのことでも、私は綺麗だなぁって思うし、幸せだよ。なんか、光に包まれてるように感じる」

 それは決して、強がりじゃなかった。蒲田くんが黙ったのを確認すると、私は一言、付け加える。


「──あのさ。その、私たちがこれからもかっ……彼女と彼氏って関係でいるかどうか、私の気持ちはまだ伝えてなかったじゃん? その答え、受験が終わったら、蒲田くんにきっと伝える。だからそれまで、待っててよ」



 ひらり、ひらり。

 風に舞い散る雪たちの動きはひどくゆっくりで。

 蒲田くんが返事をするまでに、時間がどれほど経ったのかも分からなかった。


──「分かった」

 蒲田くんはそう言って、ふふ、と笑ったのだった。

「何が可笑しいのよー」

──「いや、いま藤井、顔真っ赤にしてんのかなって思ったらなんか可笑しくて」

「してないよっ!」

 そう叫んだ拍子に顔が赤くなって、視線を上げられなくなってしまう私。

──「嘘つけー。あ、今なっただろ。そうだろ」

「もういいなら切るよ!」

──「え、ちょ待──」

 無言で電話を切ってやった。



 この街を往来する人々に、平等に与えられたもの。

 それは、この街の景色そのもの。


「綺麗な景色くらい、私たちだって楽しんでもいいよね」

 私の静かな問いかけは雪とともに風に乗って、ビル街の壁を昇っていった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ