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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第三章 ──あの夕陽が、見えますか?──
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Episode13 夕陽が、見えるから。



 その時だった。

「あっ、いたいた! いたよエリ──わわぁっ」

 叫ぶ声が耳元でしたかと思った瞬間、私の身体に誰かが体当たりしてきた!

「痛っ!」

 荏原さんだと気づいた時には、私はその人もろとも後ろのサザンカに突っ込んでいた。痛たた、ちょっと……またなの?

「ユミ、何してんのよ……」

 小山さんの声がする。後頭部がサザンカに埋もれた私の横で、もがもがと返事が聞こえる。

「だ、だって勢い余っちゃって」

「まず勢い余るって時点で意味分かんないわよ。……大丈夫?」

「私?」

「ユミじゃない。えっと……藤井さん、だっけ」

 私、ちょっとびっくりした。名前ちゃんと覚えていてくれたんだ。

「は……はい」

 頭の後ろの方で唸る痛みを無視して、私はそう返事する。小山さんはよく判らない笑いを浮かべながら、私に手を差し伸べてくれた。

「良かった、見つかって。あたしとユミ、探してたんだよ」

「雪ヶ谷さんから聞きました。すみません……」

「しょうがないよ。あの角っこのライブハウスの辺りではぐれたんでしょ? 人気だからね、あそこ」

 知ってるんだ、あの混雑……。

「もう、ちゃんと付いて来なきゃダメだよー?」

 そう言いながらがぼっとサザンカの草むらから顔を出した荏原さんに、後ろから小山さんが突っ込む。

「ユミだって昔は似たようなことやらかしてたじゃない。人の事言えないでしょ?」

「しょうがないじゃん! 私だって初心者だったんだもん!」

「こらそこ、誇らない」

 相変わらずこの二人は、賑やかだなぁ。口を半開きにして私がぽかんとしていると、ふとしたように小山さんが尋ねてきた。

「……あれ、そう言えば藤井さん、帰るんじゃなかったっけ?」

……しまった、そうだ。大切なことを忘れてた。

 私は足をぶらぶらさせながら、下を向いた。この二人に再会()えたところで、財布も定期券もない現状は変わらない……。

「無くしちゃったんです。帰るのに必要なICカードとか、お財布とか。道も分からないから歩いて帰れないですし、うち車ないから迎えにも来てもらえないし……」

 すると二人は、顔を見合わせる。次に指を付き合わせる。

「……もしかして」

「だよね。あたしも同じこと考えてた」

 小山さんの賛同意見を聞くや、荏原さんは私を振り返った。

「実は、藤井さんと離れちゃってから一度『スノウバレイ』に戻ったの」

「──それは知ってます」

「その途中で道に落ちてる桃色の長財布を見つけて……」

「えっ」


 それ、私のだ……!

 荏原さん、それ、それどうしたの!?


「交番に届けちゃった」

「交番…………」

 てへ、と荏原さんは笑う。「エリがどうしても交番に届けろ、って言うからさー。何だぁ、あれ藤井さんのだったのかー」

「……ちょっと、あたしはただ『名前書いてなかったら交番に』って言っただけよ。それをあんたはろくすっぽ確認もせずに」

「わーわー聞こえない聞こえないー」


 騒ぐ二人の声が、少し霞む。

 ほっとして身体から力が抜けてしまいそうだった。

 良かったぁ……。これで私、家に帰れるよ。荏原さんにも小山さんにも、何て言って感謝したらいいのやら……。

 駅前広場に面して口を開けている交番が、向こうに見える。早く、取りに行こう。私は立ち上がって、今日二回目のお辞儀をした。久しぶりに立ち上がったような気分だった。

「今日は、ありがとうございました。ホントに助かりました」

 ぽかんと二人は一瞬、お互いの顔を見詰める。

 やっと意味が分かったみたいだ。手のひらをヒラヒラしながら、小山さんは笑って言ってくれた。

「気にしないでよ。また、会おうね」

「私たちは毎日いるからね!」

 荏原さんも手を振ってくれた。

 私は振り向きざまに、あの光をもう一度見ようとした。けれど太陽は、まるで自分の仕事はこれでお仕舞いと言わんばかりに、ビルの向こうに隠れてしまっていた。明るい空に縁取られた建物が、綺麗だ。

 サザンカはまだそこでそよそよと、冬の冷えた風を浴びてなびいていた。



 初めて歩く街の中で、迷って、困って、お店を見つけた。

 はぐれて、転んで、財布を無くした拍子に、友達ができた。懐かしい人に会えた。新しい、居場所ができた。

 これで、プラマイゼロだ。

 やっぱりあの法則は、まだ不馴れなこの自由が(まち)でもちゃんと働いてくれるんだ。あの夕陽の照らすところ全てで、良いことと悪いことは平等になる。

 何だか無性に、嬉しかった。

 交番に寄った私は無事、定期券と財布を受け取った。東急線のホームに立って先を眺めると、夕陽の沈んでいった先ではまだ、オレンジのような、赤いような空が燃えていた。

 それはまるで、夕方の陽光に照らされたあのサザンカみたいな色合いだった。




 また、あんな空が見られるなら。

 また、あの暖かな陽に照らし出してもらえるなら。

 私はきっとまたがんばれる。

 適度に休息もして、残り一ヶ月と少しの受験をひた向きにがんばろう。そう、思う。







 次に私の出会うその街では、

 夕陽は見えるかな。


 見えると、いいな。








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