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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第三章 ──あの夕陽が、見えますか?──
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Episode11 二度ある不運は三度ある。



 背後に立つ駅舎を、私は見上げた。背の高いその屋根は、上の方がまだ少しだけ陽の光を受けてきらきらとオレンジ色に輝いている。

 電車に乗れば家までは数駅だ。私はポケットからICカードを引っ張り出し────、




 あれ。

 あれ、見当たらない。

 あれ、ちょっと、嘘だよね。

 無くしたとかじゃないよね?


「ない……」

 絶望で目眩がした。

 ポケットに入れていたはずの定期券が、ない。ついでに財布もない!

 学生証とか何とか、大事なものが何もかもあの中に入ってるのに!これじゃ家に帰れないどころか、身分証明もできないよ!

 いつ? いつ落とした、私? ケーキ食べてた時? 転んだ時? アトリエから飛び出した時!?

 思い当たる節が、多すぎる……。


 そんな。

 私、帰れなくなっちゃった。

 こんな離れた街から家のある等々力(とどろき)までの道なんて、分かるわけないよ……。




 ふらっと力が抜けて、私はそばにあったイスに座り込んだ。

 どうしたらいいのか、分からなかった。

 探さなきゃいけないのに。荏原さんや小山さんのことも、財布や定期も。なのに身体はもう、疲れたと駄々をこねて聞かなかった。

 息を吐くたび、それは白く光って消えていく。ああ、眠い。今ここで寝ちゃったら、誰か起こしてくれるかな……。


 外人さん──グリンヒルさんに背中を押されて、無理矢理連れ出された自由が丘の街。

 思ったより広くて、色々あって、色々ありすぎて。

 私を受け入れてくれる居場所はできたし、話していると楽しい人たちにも出会えた。でもその人たちには現在進行形で迷惑をかけてる上に、貴重品が見つからない。

 結局どれがプラスでどれがマイナスだったんだろう。ちゃんと計算してゼロになるようなら、今日のイベントはもう全部終わったことになるはずなんだけど。


 はぁ。

 私、また損得勘定してるよ。

 雪ヶ谷さんの言うようにがむしゃらにがんばって探せば、貴重品も二人も見つかってさっさと帰れるかもしれないのに。

 こうしている間にも刻一刻と、受験の日は迫ってるのに……。

 足が恨めしい。動けないのは足のせいだ、そうだよ足のせい。でなきゃ、でなきゃ……。





 ふと、私は広場の前に建つ雑居ビルを見た。

 隣のビルとの間に、僅かな隙間がある。そこがオレンジに染まっているのを、私の目は見逃してはいなかった。

 まさか、と思った私は少し席をずらした。

「わっ……」

 きらりと眩しい夕方の光が、私の目に正面切って飛び込んできたんだ。あんまり強烈で、私は思わず目をつぶってしまう。まだ太陽、沈んでなかったんだ……。

 とは言え、目以外の部分にはほとんど当たっていないも同然だ。風はやっぱり冷たいし、街の明かりの方がずっと多い。

 それでもその光は、私のために差し込んでいるように思えた。私は夕陽に手をかざして、目を細めた。あの絵のサザンカも、こんな気持ちだったのかな。

 なんてね。もう一つ余計に息を吐き出した私は、後ろに手をついた。何か、草のような感触がある。





 それが、サザンカだった。






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